正常を取り繕う母、不安が垣間見えるメモ

「しんぞ―――! あべ―――! すみ! いる? 先生に伝えてー! 総理大臣! 思い出したよー! しんぞ―――! あべ――――――!!!」
なぜ、ファーストネームから……。廊下と待合室に響き渡る。受付の看護師さんや他の患者さんに、すみませんと頭を下げながら母のもとへ向かう。
(『ポンコツ一家』より)

――認知症かどうかを調べてもらうために行った病院では、お母様が記憶力テストの答えを必死に手繰り寄せていらっしゃいました。やっぱり「認知症」と認めたくない気持ちが強かったんでしょうか。

にしおか 不安だし怖いという気持ちもあったんじゃないですかねえ。でも私の勝手な想像です。母は長年看護師をしていましたし、訪問看護もしていたそうなので、私の知らない介護の現状を見てきたのかなあ、それが頭によぎったりするのもあるかなあとか。基本は「自分は絶対に認知症じゃない」と思っているんですけど、私宛てのメモを見て、ああ、自覚してるんだな、と感じる瞬間もあるんですよね。不安だから認知症に蓋をするのかな。だとしたら、蓋を開けて、わざわざ悲しい思いをしなくていいよと思います。

にしおかすみこさん「いつでも逃げ出す覚悟でいます」。認知症の母、ダウン症の姉、酔っ払いの父と暮らす、にしおかさんの言葉の意味_img0

 

――本に書かれていた、にしおかさんの部屋の「ドアノブに貼られたメモ」ですよね。にしおかさんへはもちろん、お姉様への思いもすごく伝わる内容でした。

にしおか 母と姉は一心同体というか、一蓮托生というか。母は当然「現在」を生きるわけですけど、たまに「過去」に行ったり、時空がちょっとおかしくなるんです。それでもなんとか「現在」に踏み止まれているのは、「姉の面倒をみなきゃ」という心配や本当にわかってやれるのは自分しかいないという気持ちが時空をつなぐ命綱になっているのかなあと思ったりです。実際に姉の奥底の気持ちがわかるのは母だけです。

すみへ
わすれてることも わすれたり、
言ったことも わすれたり
来年は、もっと、もっと
ひどくなるかもと思います!
それでも お姉ちゃんが生きてる間は
生きててやろうと思ってるので、
かんべんしてちょうだい。
めいわくかけます。
ごめんなさい!
ママより
(『ポンコツ一家』より)
 

「何に困っている」のかもわからなかった
 

――たくさん喧嘩しながらも、お互いを大事に思っているんだろうな、と本を読んでいると感じます。とはいえ、実務面ではにしおかさんの負担が相当大きいと思うのですが、何か支援は受けていますか。

にしおか 要介護認定はとっていないです。一度、地域包括支援センターに相談させていただいたのみですね。ただ、最初は自分が何に対して困っているかもわからなかったので、なかなか電話できなくて。例えば、「母はお風呂の介助が必要です、どうすればいいですか?」じゃないんです。母は1人でお風呂に「入れる」けど、ただ「入りたくない」から入らないだけ。それってどうお願いしたらいいんだろう? 相談するのもお門違いなのでは? とか考えてしまって。それに、母は自分でおかしくないと思っているので、支援の方が家に入ってきたら怒るだろうなとか。