ある日、妻から届いた「今日なるべく早く帰れませんか?」というメッセージ。反射的に、不安が頭をよぎる夫。「浮気はしていない(はず)。よからぬ店にも行っていなかった(最近は)。なにかの記念日を忘れていたはずはない(そのために妻の誕生日を入籍日にしている)」。自宅で正座をして待っていた妻が差し出したのは、1枚の“モノクロームのエコー写真”。結婚9年目。夫56歳・妻44歳にして、夫婦に赤ちゃんができたのです。

夕刊フジ編集長の中本裕己さんの著書『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました - 生死をさまよった出産とシニア子育て奮闘記』は、「青天の霹靂だった」という妊娠発覚から、コロナ禍での壮絶な出産、そして老いと子育ての苦労を綴った中本さん夫婦のドキュメント。歓喜と不安、そして笑いと涙が交錯する本書から、今回はその一部をご紹介します。

出産後、ICU(集中治療室)で治療していた中本さんの妻。赤ちゃんがいるNICU(新生児集中治療室)にベッドごと移動して、ようやく母と子の初対面を果たした。


44歳で妻が妊娠。妊娠7カ月目に入院、救急搬送、帝王切開へ


夫婦の元に「赤ちゃん」がやってきたのは2020年の2月のこと。1枚のエコー写真に驚きながらも喜ぶ中本さん夫婦は、これまで不妊治療を行ったことも、ちゃんと妊活をしたこともなかったといいます。それは、2人で「自然に任せて、恵まれたいいね」と話し合っていたから。

夫56歳・妻44歳、結婚9年目の夫婦に起こった「奇跡」を喜ぶのも束の間、世の中は新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が発令される事態に。感染対策にはじゅうぶん気をつけていたものの、妊娠7カ月目の妻が「おたふく風邪」に罹患して入院してしまいます。

 

日に日に症状が悪化し、検査の結果「心筋炎」の疑いがあると医師に告げられた妻は、母子の安全のため別の病院へ救急搬送することに。そして、緊急帝王切開が決まりました。その時の状況を、中本さんは次のように回想しています。

ベッドの横には、これから帝王切開手術を行う女性診療科・産科と循環器内科の医師がそれぞれ待機していて、妻と私に手術の最終的な説明をした。
「おかあさんの心筋炎が劇症化しつつあり、心不全の危険にさらされています」
「おかあさん、赤ちゃん、ともに命が危ないので、緊急帝王切開を行います」
「赤ちゃんは産まれてすぐにNICU(新生児集中治療室)での治療が必要で、おかあさんも術後、ただちに集中治療が必要です」
「この手術にはさまざまなリスクが伴います」
一言一句の細部までは動転していて脳内再生できないが、こうした内容の治療への同意を求められて、その場でサインをした。

――『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』より