「正しい」ファンのあり方はひとつじゃない。アイドルにとってなにが「望ましい」か考え続ける


小島:今日はハンさんにいろいろお話を伺って本当にたくさんの気づきがありました。そもそもは私の「推し」という言葉に対するモヤモヤがきっかけでしたが、この大充実の対談を踏まえても、まだ私は“推す”という言葉……うーん、言えないかもなあ。

ハン:全然それでいいんじゃないでしょうか。

小島:他の人が「推し」というのに抵抗はないのですが、自分では使えない。なんででしょうねえ。でも、ハンさんとお話ししてみて、こうして「推す」という言葉や行為についていろいろ考えたり、葛藤を抱えることも含めて、改めて沼落ちって奥深いことなんだなと思いました。

 

ハン:葛藤を抱えていること自体に意味があるというか、価値があるんだと思います。思考停止しないということですから。最近読んだ本に、「推す」という行為には自分を見つめ直したり、自省したりする効果があると書いてあって、なるほど一理あるなと。

アイドルとファンは多くの場合生身で触れ合うわけじゃないから、相手が人間であることを忘れてしまうこともある。「推し活は現実逃避」だって言う人もいますしね。そういう共犯関係で成り立っているビジネスだという側面もあるでしょう。でも、当たり前のことを言うようですけど、やっぱりアイドルも人間。それを意識するのはとても大事なことだと思います。

たとえばBBCがドキュメンタリーを放送したことから改めて注目が集まっている、ジャニーズ事務所内における故ジャニー喜多川氏による性加害の問題。ジャニーズタレントの「推し活」が「現実逃避」だというファンの人にとっては、もしかしたら目を背けたくなる問題かもしれないけど、自分の推しが直接、間接的な被害で苦しんでいるかもしれないということに気づいてしまったら、心から楽しめるでしょうか。アイドルたちの心身が健康で、人権が保障され、人間らしい生活を送っていてこそ、私たちも安心して楽しむことができる。

韓国のアイドルたちも激しい競争のもと、長くて先の見えづらい練習生生活、厳しい体型管理や私生活の制約、ハードスケジュール、またプライバシーにまで侵入しようとする一部の過激なファンやネット上の攻撃などにさらされるなか、メンタル面の不調を抱えたり、なかには自ら極端な選択にいたってしまったケースさえあるのも事実です。悲しいことですが……。もちろん、そのようなケースひとつひとつの動機がすべて明らかになっているわけではありませんが、おそらく過酷な状況におかれているのだろう、という想像はつきます。個人的には最近、低年齢化がちょっと気になっていますね。

ファンは「消費者」として、そこら辺には意識的であってほしいですね。うしろめたさや葛藤は、むしろそのためにあるかもしれません。向き合い方、付き合い方、そして折り合いのつけ方は、もちろん人それぞれだと思いますが。

 

小島: ジャニーズ事務所の件はようやく日本でも報道されるようになった段階ですが、これを機に芸能界で働く人の人権がきちんと守られるよう、事実解明を徹底してほしいです。芸能の仕事をする人に対しては、起用したり売り出したりする側から「注目されたいなら、辛い目にあっても我慢するべき」「ファンを絶対に裏切らないよう尽くすべき」という理不尽な要求が当然のようにされてきたと思うのです。アイドルなんて特に、まだ10代の子供なのに。ファンもまた愛情のつもりでそれに加担していた面もかなりあると思います。 でも今は、声を挙げるファンの存在が、アイドルの労働環境を良くすることもありますよね。今後は運営側もファンの声に敏感に対応しないと信用されないでしょう。従来の日本の芸能界は放送局と芸能事務所との結びつきが非常に強くて、その力学で動いていました。SNSなどで強大なファンダムが形成される今は、ファンが発言力や、強い影響力を持つことができます。それを、大好きなアイドルが幸せに働けるような環境づくりに活かすこともできるのではないかと思います。

ハン:ただし、韓国ではファンダムの力が強いぶん怖いところもあって、力の使い方を間違ってしまわないか、ひやひやしながら眺めているところもあります。アイドルが交際や結婚を発表した際に、抗議行動を起こすとかは……。

小島:この連載でテーマにしている「BTS現象」に、それが含まれてしまったら不幸ですよね。

ハン:そうですね。もちろん、BTSに限りませんが。だから話は戻りますが、相手は自分と同じ人間なんだという当たり前のことを忘れてはいけないのだと思います。

小島:好きすぎて、つい「アイドルとはこうあるべき」という正義感を募らせ、生身の人間に完璧を求めてしまう。誰でもやってしまいがちなことです。自分にとっての正義に忠実であることよりも、相手の幸福とは何かを想像することが大事ですね。アイドルのファンダムが大きくなるほど、グローバル社会における正しさと、自分に馴染みのあるローカルな正しさのギャップも学ばなきゃいけない。悩み考え続ける営み自体が「推し活」に内包されているのかもしれないですね。じゃあ私は今、思いっきり「推し活」しているってことになるのかな。今日は本当にありがとうございました!


撮影/市谷明美
取材・文/浅原聡
構成/坂口彩
 

 


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