女性が仕事を持ち、結婚後も働き続ける人が増えていますが、日本における女性の社会的地位は決して高いとは言えません。世界経済フォーラムが発表した2022年のジェンダー・ギャップ指数の日本の総合順位は、146か国中116位。でも、かつての日本では、女性もさまざまな場所で働いていたものの、今以上に女性というだけで人生の選択肢が限られていました。Kiss連載中で、現在放送中のWOWOWオリジナルドラマの原作でもある『ながたんと青と -いちかの料理帖-』は、終戦から間もない京都が舞台。戦争で夫を失った、老舗料亭の娘である女性が経営危機に陥った料亭をなんとかしようと奮闘する物語です。


戦争で夫を失った34歳女性は、現在、シェフ修行中。


物語のはじまりは、1951年春の京都。戦争が終わってから6年が経ち、戦後の混乱を乗り越えてきました。主人公の桑乃木いち日(くわのきいちか)は現在34歳。京都・東山にある料亭「桑乃木」の娘ですが、ホテルの厨房で働いていました。

 

いち日の厨房での仕事は、アントルメティエ(前菜担当)。この世で一番好きなのは卵といういち日は、朝食にオムレットなどの卵料理を作るのが至福のひとときでした。職場の上司に恵まれ、いつか日本人にも自分が作っているような洋食を美味しく食べてもらえることを願いながら、シェフの仕事を続けていました。

 

実は、いち日にはかつて夫がいました。料亭で料理長だった父の元で働いていた腕のいい料理人・高行(たかゆき)で、夫婦でいられたのはわずか2ヶ月。「いつか料理習いたいって言うてはったでしょう」と一本の包丁をいち日に渡し、出征してしまいました。

 

ホテルでの仕事を終え、料亭である自宅に帰るいち日は、料亭で働く妹のふた葉に頼まれ、急遽助っ人として店に入ります。父と夫の高行亡き後、料亭は母と妹が支え、料理長の戸川や若手料理人・慎太郎などが厨房を回していたものの、戦時中からの物不足が続き、父が居た頃のように満足なものも出せず、厳しい経営状況にありました。

そんな時、29歳のふた葉に見合いの話が舞い込みます。持ち込んだのは亡き父の妹(伯母)で、相手は大阪でホテル業を営む山口家の次男。婿養子としていち日たちの料亭に入って経済的にも援助してくれるというのですが、ホテル業の京都進出への足がかりにしたいという魂胆が透けて見えます。ふた葉はお見合いを受けることを決めます。

 

29歳妹のお見合い相手は19歳。しかし、妹が駆け落ちして失踪!


とうとう来た、ふた葉のお見合い当日。お見合い相手は次男と聞いていたはずなのに、「突如、別の養子縁組が決まってしまいましてなぁ」ということで、三男で現在19歳の周(あまね)が来ていたのです。29歳のふた葉の相手が10歳も年下というのはあまりにも話が違いすぎます。

 

なんとか会話を持たせようと、伯母が「周さんどうです? うちの料亭は」と声をかけてみたところ、場所はいいといいつつ、「手入れが行き届いていないようですね」「京都はまだ戦争前みたいですね」などと、ズケズケと思ったことをストレートに口にする周。思わず声を荒げてしまういち日ですが、自分のせいでふた葉の見合いが破談になるわけにもいかず、おとなしく座っていることしかできませんでした。

 

ところが、このあと衝撃の展開が待ち構えています。お見合いを受けると言っていたふた葉が、若手料理人の慎太郎と駆け落ちしてしまったのです。ふた葉がこっそりといち日に残していた手紙には、19歳の三男との婚約は受け入れがたく、かねてからふた葉が好きだった慎太郎と駆け落ちすることにしたと綴られていました。ふた葉が辞退すれば、さすがに周よりも15歳年上で、夫を亡くしたいち日がかわりに、ということにはならないはず。とはいえ、経済的な援助を申し出ていた山口家との婚姻がなくなると、料亭の先行きがますます不透明に。「この料亭はどうなってしまうんやろ」と不安に思っていたいち日に、見合いを持ち込んだ伯母が、「あんたが結婚しなさい!」と驚くべき一言を発しました。19歳の青年が34歳で未亡人のところに婿養子になるなんてありえない! といち日は必死で反論しますが、伯母は「うちのためや」と強引に話を進めてしまったのでした。

いち日は、一人で生きていくと決め、女性でも料理が習える学校を探して料理の腕を磨き、ホテルで職を得ることができました。もちろんいろんな思い出が詰まった料亭・桑乃木がこのままなくなっていくのは、それはそれで辛いことです。いっそ19歳の周から断ってくれないかと一縷の望みを抱いていたのですが、結婚歴のある34歳のいち日との結婚を進めるといいます。こうして、いち日との結婚が決まってしまいました。

 

19歳夫の率直な疑問、「腕があるのに、なぜ料理長にならない?」


周は見合いの日の時のように、思ったことはそのまま口にするので、いち日の神経を逆なですることもしばしばですが、料理が得意ないち日が作る夜食などを食べる時は、とても幸せそうな顔をします。周は夜食を食べながら、「ここまで腕があるならなぜ料理長を務めないんです?」と問います。いち日からすれば、女性が料亭の厨房に入ることは許されないという伝統があるため、そんなことを考えたこともありませんでした。しかし、周曰く、周の実家が傾きかけている料亭に三男を送り込んで経済的援助をするのは、料亭が潰れたあとに乗っ取りを考えているから。周は、「あなたが ここで料理をするなら ぼくがこの店を立て直します」と宣言。いち日と料亭・桑乃木の運命やいかに?

19歳でまだ学生の身である周の発言に、にわかには受け入れがたいいち日。でも、周は料亭のことを少しずつ知ろうと行動に移し始めます。一方のいち日は、結婚したからといってホテルの仕事を辞めたわけではないので、そのまま働き続けていました。しかし、周が「立て直します」と言ったのはどうやら本気のようで、いち日の常識を覆すようなことを次々と強引に仕掛けていくようになり、いち日も巻き込まれるように桑乃木の厨房に立つことになります。女性が厨房に立ち、料理長として腕を振るうなんて、終戦直後の日本、しかも古い伝統が息づく京都ではありえないことでしたが、西洋料理のシェフとしての知識と経験、料亭の娘として培ってきた和食の造形の深さが相まって、いち日の料理は少しずつ評判を呼ぶことになります。

古い価値観にとらわれず、自ら人生を切り開く女性の物語。


周はかなり強引なところがあるものの、現代的な考え方の持ち主なので、古い日本の価値観や既成概念にとらわれていない分、いち日が女性シェフとして腕を振るうことに対して背中を押してくれ、支えてくれる一面もあります。いち日も、本当は父が働く料亭の厨房に入ってみたかったものの、女であるがゆえに入れないと諦めていました。ところが、周との政略結婚によってはからずも幼い頃の夢を叶えられることになったのです。

また、作品では、いち日が客に出した料理やまかない、普段の食事のために作ったものなど、さまざまな料理が丁寧なレシピとともに登場します。これがまたどれも美味しそうで……。

 

さまざまな難題や危機を乗り越えていくうちに、年の差夫婦の間に少しずつ信頼関係が芽生え、心を通わせていくことになります。周との結婚を筆頭に、さまざまなトラブル(?)を持ち込む伯母と、虎視眈々と料亭がつぶれるのを狙う周の実家の面々との攻防や、駆け落ちした妹・ふた葉のその後など、次々と気になるストーリー展開が待ち構えており、一度読み始めるとあっという間に物語の世界に引き込まれていくはず。何より、女性にとって厳しい時代に、料理という武器を生かして自ら切り開いていこうとするいち日には勇気づけられます。未読の人はぜひ読んでみて!(と激推しします)

 

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『ながたんと青と-いちかの料理帖-』
磯谷友紀 講談社

昭和26年、京都。老舗料亭の娘・いち日は、戦地から還らなかった夫に、包丁を遺された。 ホテルの厨房に入り、西洋料理の世界で自立していくと決意していたのに、34歳の今になって19歳との縁談がもちあがり──。


 

作者プロフィール
磯谷友紀 いそやゆき

2004年Kissストーリーマンガ大賞で入選、翌年『スノウフル』でデビュー。 『本屋の森のあかり』(全12巻)が初連載になる。 その他の著作に『海とドリトル』(全4巻)、『屋根裏の魔女』(以上、講談社)、『恋と病熱』(秋田書店)、『王女の条件』(全3巻、白泉社)、『あかねのハネ』(連載中、小学館)など。 趣味は食べること、と旅行。マヨネーズとトマトが好き。8月22日生まれの獅子座。