平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

第21話 サイン

 

「あーあ、まさかこんな時間まで残業になるとはねえ」

先輩の明美さんが、盛大にため息をついた。

23時の空港。インバウンド需要を見据えて24時間体制で利用可能になったことは、お客様にとっては便利だろう。でも私たち航空会社のスタッフにとってはなかなかツライ。

 

今日は22時までの遅番シフトだった私たち3人。しかし終業30分前に、課長に声をかけられた。

「悪いな、北陸行きのフライトが、機材トラブルで戻ってくる。今夜は振替便がないからお客様をホテルへ誘導しなくちゃならん。悪いが、22時あがりの3人、力を貸してくれ。1時間半くらいの残業で、帰りはもちろんタクシーがつくから!」

かくして私たちは、バックオフィスの控室に待機中。課長の計らいで、お弁当が差し入れられ、45分間の臨時休憩で小腹を満たして鋭気を養ってから、深夜のトラブルシューテイングに駆り出される。

「やれやれ、明日がオフで良かったよ。この分じゃ家につくのは2時とかなんじゃ……」

由美子先輩も、夜食の焼肉弁当をもりもり食べながらうなずく。しかし口ぶりのわりには表情は明るい。なんだかんだと、私たち空港スタッフは動き回ったり、お客様の役に立ったりするのが好きなのだ。

「しっかし夜中は静かね。平日はまだまだこんなものかあ。早く完璧に航空需要が戻るといいけど。あーあ、あと30分もある、掃除でもする!?」

じっとしていられない先輩2人がエアポケットのような時間を持て余し始めたので、私は以前から聞きたかった質問をしてみることにした。

「あのー、明美さん、由美子さん、ここで働いてて『サイン』を見たことがありますか?」

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春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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