平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第26話 棚から牡丹餅
5年前、マンションの住人に向けた説明会が開かれた日、私の人生にぱっと光が射した。その夜、夫の翔平と私は興奮のあまり眠ることができなかった。
このマンションを建て替えて、なんと数倍の値段がつく部屋と交換してくれるという。
翔平は新卒で不動産業界に就職した。私と彼は3歳違い、当時はまだ知り合っていなかったけれど、氷河期真っ只中だったはず。就職できただけでも幸運だったとは思う。しかしその会社はブラックで、マンション販売の営業に就いた彼は大変苦労したらしい。
そこのワンマン社長が社員に「資産形成のためマンションを今すぐ買え。こんなに金利が低くて不動産が安い時代は続かない。目をつぶってでもいいから100平米くらいの都心駅近中古マンションを買っておけ」と号令を出した。今となってはこの社長に大感謝。
翔平は半強制的に新卒2年目にマンションを購入した。ビンテージマンションと言えば聞こえはいいが、自分の生年よりも古いマンションを買い、のちに私と結婚して娘が出来てからもそこに住んでいた。
「あーあ、友達の新居と言えば新築マンションでさ、私だけボロマンションでホント損した」
そんなふうに愚痴を言っていた私のほうこそ大バカだった。
まさかそのボロマンションが、都心大開発プロジェクトのもとで大手ディベロッパーに買い上げられ、超ブランドマンションに建て替えられることになるとは……!
「あのマンション、20年前に4000万円で買ったけど……新しいマンションで同じ広さの部屋と交換してもらえるとすると、販売価格2億をらくに超えるぞ!?」
資料を手にした翔平の紅潮した顔が忘れられない。こんなラッキーが人生に起こっていいんだろうか。私は身震いするほどの高揚を、必死に押しとどめていた。
夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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