浮気をやめない夫は、別次元にいる
もともとまっすぐで裏表のない性格の知里さんは、正面から夫を問い詰めました。彼はそれなりに抵抗したものの、知里さんを誤魔化すことは不可能と観念したそうです。
「スマホにはLINEの生々しいやりとりが全て残っていました。普通に、ありえないと絶望しました。私は浮気を絶対に許せないタイプなので、怒り散らかしたし、もうこの時点で無理だと思いました。信頼関係も崩れ去りました」
これまでの流れで、知里さんがこれほど真斗くんの命を守るべく全てを費やす状況で夫が浮気をするとは、一瞬耳を疑ってしまいました。妻がほとんど睡眠もとれない中、一体どこにそんな余裕があったのか……嫌悪感よりも不思議さが勝るほど。当時の知里さんの心境を考えるとあまりに胸が痛くなりますが、彼女の対応には驚きました。
「こんな人と一緒にはいたくない。離婚したいと思ったし、息子のことがなければ確実にあの時点で離婚に踏み切っていたと思います。でも私は専業主婦で経済力もなく、すべてにおいて余裕がない。そんな状態でシングルになっても息子が危なくなってしまう。だから我慢するという選択をしました。
でも浮気は許せなかったので、相手の女性を家に呼び、3人で話し合いをして決着をつけることにしたんです」
その話し合いはまさに修羅場だったそう。相手の女性は夫の職場の部下の未婚女性でした。
「話し合いの末に、夫と相手の女性にすべてのSNSや連絡先をお互いに削除させました。でも職場で顔を合わせればまた浮気が再発する可能性は十分あるし、私がそれを心配したり我慢するのは理不尽すぎる。だから半年以内に彼女の方は転職するという話に落ち着きました」
その時点で二人は別れたようですが、一度壊れてしまった夫婦関係の修復はやはり難しいものでした。
知里さんは夫のスマホや行動を監視し、定期的に探りを入れるように。当然そんなことはしたくなくても、浮気相手のいる職場に夫を笑顔で送り出せる妻はいないでしょう。
「でも彼女は、結局転職はしませんでした。田舎で条件の良い職場は簡単には見つからないとのことで、まあそれは事実だったとは思いますが、職場に浮気相手がいる状況に2年ほど耐えることになりました。
そして案の定、ある日夫のパソコンで二人が会社のチャットでやりとりをしているのを発見して……再び彼らのやり取りを目にし、関係が続いていることがわかりました」
浮気や不倫を擁護したいわけでは決してありませんが、ある種の男女関係は、どれほど力技を使ったとしても切るのが難しいのかもしれません。知里さんもこのとき、これ以上夫のことで気を病むのは損、無駄だ、と悟ったそうです。
「ずっと我慢していた、というか我慢するしかありませんでしたが、もう限界でした。こちらが息子と命の綱渡りのような日々を送る中で、夫は別次元で生きていることを痛感して。
でも……後から思えば、私も悪かったんです。ずっと夫婦生活もありませんでしたから。当初は夫に誘われたこともありましたが、ただただそれどころじゃなく断っていました。性欲も全くなくて……というか、数分目を離すこともできない息子がいる状況で『何でそんなこと??』と、かなり冷たくあしらっていました。でも夫もまだ若くて、性欲は人間として自然な欲求ですよね。だから仕方ないと思います。私も夫に可哀想なことをしたし、あの二人にもいろんな辛さがあったでしょうね」
知里さんの口調には嫌味な感じは一切なく、達観したように微笑んでいました。こんなふうに話せるようになるまではそれなりの時間を要したと思いますが、物事をフェアに捉えられるというのは、人としての強さなのだと感じます。
「またちょうどその頃、何かを見計ったかのように、少しずつ成長した息子の酸素機が外れたんです。健常児だったら『おむつが外れる』的な感覚でしょうか。これだけでも私の負担はかなり減りました。それに3年間みっちり息子に向き合ってきた成果で、お世話と家事は完全に一人でできるようになっていたので、離婚するなら今しかないと思いました」
意を決した知里さんは、「離婚できない理由」を並べるのではなく、「どうすれば離婚して自立できるか」という思考に切り替え、時間の合間を縫ってはシングルマザーの生活や助成金などについて隈なく調べ始めました。
そして、区役所に足を運び、弁護士などの専門家にも相談し、正しい知識をしっかり蓄えた上で離婚を成立させたのです。
「いろいろと自分なりに調べた結果、障害児のシングルマザーである私が自立した生活をするには東京へ引っ越すしかない! となりました。もちろん、息子を連れて一人で引っ越すのは大変だし、都会に住んだ経験もないので勇気が入りましたが、何より重度障害児を受け入れてくれる保育園は全国で唯一、東京にしかなかったんです。もう、行動する以外の選択肢はありませんでした」
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