平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第38話 コンシェルジュは見た
――おやおや、こりゃまた、大胆な「お連れ様」が一緒だなあ……。
僕は、いつもの定位置、コンシェルジュカウンターからホテルのフロントを見て、思わず胸のうちで呟いた。
北海道のリゾート地にあるこのホテルは、最近リニューアルして随分と華やかになった。吹き抜けのロビーには天井から自然光がきらきらと差し込み、草原を吹き渡る風が開け放たれた窓から流れてくる。
インバウンド需要がぐんぐん伸びているこのエリアで、いい波に乗り、今日のように10月初旬の平日、まだスキーができない時期でも部屋はかなりの稼働率だ。
フロントでチェックインしているカップルは、30代くらい。男性はシャツにデニム姿ではあるが、どことなく洗練されているし、女性も派手色ワンピースが似合っていて美しい。おそらく東京から来た方だろう。
コンシェルジュの常として、適度に微笑みながらロビーを見ていると、カップルはこちらにやってきて、カウンターに並んだアクティビティや観光名所のパンフレットを手に取りはじめた。
「お客様、ようこそいらっしゃいました。こちらは今、紅葉が最高ですので、お時間があるようでしたらば日帰りでトレッキングがおススメですよ」
「トレッキングかあ……ちょっと面倒よねえ、スニーカーとか持ってきてないし」
カップルの女性のほうが、パンフをめくりながら口をとがらせる。そうだろう、そうだろう。どうみてもインドア派のこのお2人にはハードな道。行ってみれば間違いなく面白いんだけど、残念。
「それでしたらば、ロープウェイはいかがでしょう? ほとんど歩かずに、絶景を上から楽しむことができますよ」
しかし僕の提案は届かず、2人は東京に本店があるフレンチレストランでディナーにしようと盛り上がり始めた。
「ばっかじゃないの、ここまで来て東京の店なんて。もっと美味しいものが沢山あるのにね」
……「彼女」が、あまりにも自然に同意を求めたので、僕はうっかり「え?」と顔を上げ、視線を交わしてしまった。
「え!? あの、貴方、私のことが見えるんですか?」
――しまった。この「3人」が、ロビーに来たときから、もちろん「彼女のこと」は見えないフリをしようと決めていたのに。
秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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