今年やった仕事で一番楽しかったのは、『バービー』で来日したグレタ・ガーウィグ監督にインタビューしたこと。

「バービー」(2023)写真:Everett Collection/アフロ

取材当日は、突如勃発した例の「バーベンハイマー」騒動のあおりを受け、取材時間が予定から2時間以上後ろ倒しになり、「通訳付きで20分とか短すぎるだろ!」と思っていたら15分に削られ、「渥美さん、結構英語わかるんだから」という通訳さんの言葉に乗せられ、通訳は質問のみで答えは英語で聞くというイレギュラーな形でやることにしたものの、実際やってみたら「(心の声)うわ、わかんねー」となったりもしたわけですが、編集部に翻訳してもらい、録音を聞き返したら素晴らしく面白い。

 

出来上がった記事は、15分でこんなに濃い話を?! と驚かれ、同じ日に行われた取材の記事をいろいろ読んでも、自分が書いた原稿が一番面白いんじゃないかと自画自賛してまして、他誌なんですけど未読の方にはぜひお読みいただきたい!

グレタ・ガーウィグ監督。写真:REX/アフロ

というわけでガーウィグ監督には感謝しかないわけですが、取材を経てあらためて「今の映画界で、この人の存在はめっちゃ大きいな」と思いました。「女性監督」と言われることそれ自体が「女性を特別視する行為」として嫌がる女性監督って日本には意外と多いんですが、個人的には「日本においてのそういうのは、少なくとも数値的な男女格差がなくなってから(例えばメジャー作品の監督の数が男女で拮抗するとか)にしてもらっていいですか」と思わざるをえません。

大きな男女格差が明確に存在する世界で「女性だからと特別視されるのがイヤ」と女性から言い出すとか、男社会の思うつぼ。特別視でもなんでも利用して世の中にじゃんじゃん出てきて、男が「女はいいよな」と言い始めそうになったら「男はいいよね、なんでもやってくれる妻はいるし、たとえぼんくらでも席が用意されてて」って言ってやるのよ、と下の世代に教える女性が増えてほしいくらいです。

でもって話はそれましたが、ガーウィグ監督はどうだったかっていうと、「社会が変化し、女性の機会は広がっている」「実力に性別は関係ない」を自ら証明しつつ、同時に、でも「いまでも自分が女性だから体験させられていることがある」とうことを過剰反応せずに認識し、きっちりとものを申している感じでしょうか。肩肘張っていないけど頑として流されない、っていうのが素晴らしく、こうありたいなあと思う次第です。