セクシャリティの迷いを描く

また、現在放送中の『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか! 』(フジテレビ系、練馬ジムによる同名漫画が原作)の主人公の息子・翔(城桧吏)は、メイクや可愛いものが好きな男子高校生。「男であることはいい、男っぽく振る舞うとか、乱暴なのが嫌い。あと、可愛く、綺麗になりたい」という翔は、周囲からゲイではないか、と噂を立てられます。

同級生に、「ゲイなのか? 」と聞かれた時、「わかんない、かも。僕、初恋とかまだしたことなくて。でも、男の人にかっこいいなあって憧れることもあるし、SNSとかで見る女の人とかも、可愛いし、綺麗で、どっちも素敵だなって思う。女の人を好きになるか、男の人を好きになるかは、僕自身まだ予測がつかないかも」と答えます。


それに対して、同級生は、「周りに流されずに自分をごまかさないのがかっこいい」と伝えるのでした。自分のセクシャリティが「わからない」人って、大人でもいると思うんです。でも、やっぱり周囲から浮くから、一応マジョリティのふりをしなきゃいけないような気がしてくる。だからわからないものはわからないと言えること、それを受け止めてくれる人がいること、それがなんだかとても新鮮に感じられたのでした。

 


自分だけじゃない、と思えることで救われる

マイノリティ(と言われる属性の人)がフィクションに登場することって、めちゃくちゃ意義があるし大事なことだと思うんです。フィクションって少なからず現実世界で生きる人の意識に影響を与えます。いわゆる世が言う“普通”に当てはまらない人って、存在が可視化されないし、想定されていないからこそ、常にマジョリティの常識を押し付けられ続ける。暗黙の了解で共有された枠組みで判断され、勝手に語られることって、本当にしんどい。マイノリティの存在が可視化されることで、そういう人もいるんだな、と想像力を持つことができるきっかけになると思うんです。

最初はどうしても、世に知られていない属性の人が登場するときって、説明チックなつくりになりがちです。でも、それは通過地点で、徐々に何の説明もなく自然に登場し、物語の中で息をする。そんな風になるのが理想だなと思います。