ステイタスを上げるために国内線で往復する「マイル修業」

「1年も経つと、彼はさまざまな技を使ってマイルを積み上げ、上級会員になっていました。それまではあまり積極的に参加しなかった地方の学会や展示会にも行き、ステータスを上げるために無意味に飛行機で往復する、いわゆる『マイル修業』もスタート。彼の実家は地方で小さな医院を開いているんですが、頼まれてもいないのにそこで土曜診療のアルバイトもいれて、そのたびに飛行機で往復したり。

そしてようやくもらえた上級会員証をうっとりと眺め、これ見よがしにタグをスーツケースにつけています。一度革のところをドアに挟んてちぎってしまったときは半狂乱でしたね……。たぶん私が交通事故にあってもあれほど取り乱さないんじゃないかと思います」

 

なるほど、ときどきインターネット記事で読むマイルマニアというのは、武志さんのように「ハマる」きっかけがあるのでしょう。お得な情報収集が好きなひとにとって魅惑の世界なのかもしれません。上級会員ステータスがあれば、特別待遇を受けられるというのも自尊心をくすぐられるようでした。知ればしるほど活用方法があり、その特典をいろいろなシーンで生かせるということのようです。

航空会社の多頻度顧客に対する会員サービスは、その心理を大いに利用し、成功していると言えるでしょう。上級会員を下にも置かぬおもてなしで迎え、メリットを与え、権威付けすることでリピーターとしてがっちりと囲いこんでいるのです。ときに会員が特定の航空会社にだけ拘る様子は、「忠誠心」という言葉が浮かぶほどです。

武志さんもその戦略にすっかりはまっているようでした。

 


しかも彼のライフハック術はそれでは収まらず、やがて世界的なホテルチェーンのカードや、年会費は高額ながら付帯サービスが富裕層に大人気のカードに進出していきます。

気がつくとカード関連の年会費を20万円ほど払っていたという武志さん。妻に渡す月額生活費を軽く超えています。佐和子さんはさすがにそれが滑稽に思えて、カードを統合するように頼んだといいますが、年会費が高額なほうがリターンもあると主張し、頑として聞き入れなかったといいます。

そしてそのカードの経済圏、権威の及ぶところでのみ、家族も行動するように命じました。興味のない佐和子さんにとっては、なんとも無駄で面倒な制約です。

「職場でも偏屈で愛想の悪いドクターとして煙たがられている様子でしたし、家庭でも『お前たちにかける金はないから早く自立しろ』と子どもに言ったり、経済的制裁をちらつかせたりするので煙たがられていました。何より自分ばかりおいしいところを楽しもうという姿勢が子どもに伝わっていて、完全に距離を取られています。そんな状況で、サードプレイスのごとく、マイルや会員証が彼の自尊心を大いに満たしていたのだと気づいたのは、だいぶあとのことでした」

そのような状況が数年続いたあと、ついに佐和子さんが武志さんに嫌悪感を抱いたきっかけになる旅が始まります。

後編では、すっかりマイルやホテル系クレジットカードのしもべとなった夫の高圧的で恥ずかしい行動と、妻の心が離れた決定的事件について伺います。


写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
 

 

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