定年後が長い
「えー! 朋子の旦那さん、会社辞めちゃったの? じゃあずっと家にいるってこと? これから20年以上あると思うけど、本気?」
「だよね……こっちがききたいよ。ちょっと病気をしたっていっても、まだまだしっかりしてるんだし、仕事をしたほうが本人も生活に張りがでると思うんだよね。会社以外に人付き合いが多かったタイプでもないし、どういうつもりだろ」
短大の同級生の沙織と晶子とは、半年に1回くらいはこうしてランチに出かける。四半世紀以上の付き合いだから、なんでも話せる仲。早くに結婚、出産した私とは違い、沙織は独身生活を謳歌し、新卒から勤めている会社ではいつのまにか課長に昇進。晶子は30代で結婚して出産、まだ子どもたちは中学生。3人ともライフステージのタイミングや状況が違うのがかえって幸いし、励ましあいながらやってきた。
「ひえー、想像つかないな。うちに直樹くんがずっとうちにいて、3食作るのかあ……無理無理。もうさ、朋子は友達も多いんだし、毎日ずっと外に出てなよ」
「そんな無茶な……もうこっちも体力ないし、疲れがなかなかとれなくて。とても遊びまわれそうもないよ」
晶子の旦那さんは年下で、たしか47、8歳くらい。すらっとした若々しいひとで、うちの悟志さんとは世代が違うっていう感じ。おまけにお子さんが中学生じゃ、がむしゃらに働いている時期だろう。すっかり老後モードの私とはテンションが全く違う。
「お~いやだいやだ、老いた夫にずうっと仕えるなんて。いっそ私みたいに独身になったらどう? 気楽よ、極楽よ。ま、でもいざってときにちょっといいホームに入れるくらいの資金準備は必要ねえ。最後に頼れるのはお金よお金」
沙織が前菜のテリーヌと白ワインをもりもりと平らげながら笑う。まったくその通り。ひとりのほうがずっといいと思うものの、現実問題、別れる勇気もお金もないのだ。
「あーあ……。今朝もさ、前から言ってあるのに、『どこ行くんだ、俺の昼めしは? 何時に帰るんだ?』って。もうなんかうんざりして、昨日の夜のカレーをあっためなおしてって鍋を出してきちゃった。お米は炊いて、お漬物は切って。そしたらぶつぶついいながら、テレビの前に戻っていったわ。その姿を見たらいろんなことを後悔したわね。昔はさ、ちょっと強引で頼りがいがあって素敵、って思ったのに」
「あんなにオシドリ夫婦だったのに、その言いぐさ……。だーからさ、あの時、有利な条件で離婚しときゃよかったのよ」
沙織の言葉に、とっさに反応が遅れて、私は真顔で白ワインを一口飲んだ。
まったく、すべてを知っている友人というのはたちがわるい。この1カ月、考えないようにしていたことを、あっさりと言い当てるのだから。
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