エッセイスト・小島慶子さんが夫婦関係のあやを綴ります。
8年近くを過ごしたビルの谷間のワンルームから、遠くの山が見える二人暮らし用の部屋に引っ越した。年末に帰国する予定の夫と暮らすためだ。10年前から、私は東京都心で一人住まいをしている。家族と離れて暮らすのは寂しいが、一人の自由を知ってしまった。これからまた誰かと二人暮らしなんて、できるだろうか。しかも一度は別れようと決めた夫となんて。
最初に二人で住んだのは、彼のオンボロワンルームだった。渋谷の30平米ほどの細長い部屋に私が転がり込んで、同棲生活が始まった。25歳だった。エレベーターもオートロックもない。洗濯機はベランダに外置き。向かいには団地があって、桜がきれいだった。小さな流しとコンロでパスタを茹でて、ダイニングを兼ねたソファのテーブルで食べた。長身の二人がセミダブルのベッドに並んで寝た。たくさんおしゃべりをして、お互いを知るのに夢中だった。
でも今はそんなふうにはいかない。なぜって長く夫婦をやって子育てもして、知らなくてもいいことまで知ってしまった間柄だからだ。負の歴史を共有した相手と同居するのは、二人で地雷原に暮らすようなものだ。ともに過ごした時間が長いほど、踏んではいけない場所も増える。結婚式の初めての共同作業では、二人でケーキに地雷を埋めるのがいいんじゃないかと思う。「病める時も、踏める時も」と、誓いを立てるのだ。
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