暗がりや感情を見せないミステリアスさに、勝手にモヤモヤと想像してしまう
柴咲コウさんに「最近ハマっていることは?」と聞くと、即答で「掃除!」という言葉が返ってきました。
柴咲コウさん(以下、柴咲):掃除が好きで、ずっと掃除のことを考えています。それこそこういう合間とかにも「今日はあそこをやろう」とかシミュレーションしちゃうんです。最近は窓ふきにハマっていて、「ふき活」しています。特別な道具とかは使わず、雑巾と乾いた布があれば。晴れの日にやるのも気持ちいいですけど、雨の日もいいんです、汚れが緩むから。
「快晴の空か、曇天とか雨模様の空か、どっちが好き?」と聞かれれば「完全に、曇天と雨模様」。「アメリカ西海岸か、ヨーロッパのイギリスやフランスか、どっちが好き?」と聞かれれば「完全に、ヨーロッパ」。そんな彼女が主演最新作として『蛇の道』を選んだのは、至極納得がいきます。作品は世界的なスリラーの巨匠・黒沢清が、1998年に撮った同名作品のセルフリメイク。演じる新島小夜子は、娘を惨殺された男性の復讐を手伝う、ミステリアスな心療内科医です。舞台はフランスでフランス語で演じることも承知の上で、オファーに即答したのだとか。
柴咲:お引き受けした理由は、第1に黒沢監督だったこと。今までお仕事したことがなかったのでご一緒してみたいという好奇心でした。1998年のオリジナルの作品は常に曇天で時々雨という世界観だったのですが、そういうサスペンスやミステリー作品って、私の大好物なんです。黒沢作品では特に、フランスで撮った前作『タゲレオタイプの女』が好きですね。やっぱり暗がりが魅力的で、色調がすごく落ち着くというか。映画の画面に暗がりが映っているだけで、人って勝手に想像するじゃないですか。「誰かがいるのかな」「何かあるのかな」とモヤモヤする感じが増幅させられる……というか、こっちが勝手にそうなってしまうというか。それでいて、人間の無様さとか不器用さに、思わずクスッと笑っちゃうような滑稽さもあって。例えば「ある人物をこの袋に入れて拉致する」という場面。計画通りにいかない突発的な展開もあるし、「考える」と「やる」では違う部分っていっぱいある。そんなことに慣れている人なんていないんだからサササッとできないのは当然で、モタモタしていて「大丈夫? これ見つかっちゃうんじゃないの?」みたいな局面が端々にあるのですが、リアルな話、そういうものなんですよね。
黒沢監督が柴咲さんにこの役をオファーした理由は、彼女の「目力(めぢから)」。セリフも極めて少ない小夜子は、ただその目力で、復讐する男、復讐される男の両方を、奈落の底に引きずり込んでゆくように見えます。でも自分自身の本質的なこと、正体については、ほとんど語られることがありません。そんな人物を柴咲さんは何を頼りに演じたのでしょうか。答えはやがて見えてくる、小夜子が経験した「ある出来事」にあったようです。
柴咲:パリで10年もやっている医者だし、バリキャリっぽい感じのしっかりした独立した女性かな、そこを作り込むのかなと思っていたのですが、そうではなくて。キャラクターが「何にこだわり、何にこだわらないか」が出るのが衣装やヘアメイクなのですが、小夜子は着ているものもヨレッとしている、言ってしまえばシャツとかもビヨーンと伸ばして着ていたような感じなんです。なるほどと思ったのは、監督が「マチュー(・アマルリック)とかもそうだけど、俳優然としてなくて、ほんとにその辺にいるおじさんなんだよね。それなんだよね」とおっしゃっていたこと。おそらく監督が求めていらっしゃったのは、作品の世界に馴染んでいることなのですが、小夜子については「ヌルっ」と馴染んでいる感じ。能面のように感情を見せないミステリアスさも別に彼女が意図していることではなく、「ある出来事」によって感情を失ってしまっているんです。そういう虚無の中で、ただある一点を追い求めることでギリギリなんとか生きている。彼女の家には生活感がほとんどなく、彼女が職場への行き来とか最低限の食事以外には、おそらく何もしていない。彼女の部屋の中で型通りの動きを無機質に繰り返すロボット掃除機と同じ。それが黒沢さんの狙いなのかなと思いました。
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