この世に問題のない人はいない。でも見ないことにしていた

そいつを放って置けなかったからだ。それに赤子を一人で育てるのは怖かった。当時、臨床心理士の生い立ちカウンセリングを受けていた私は、一人で赤ん坊を育てたら不安が高じて虐待してしまうのではないかと、とても怖かった。だから子育て仲間が切実に必要だった。私にとって、赤ん坊を守り生かすためには結婚を維持するのが最善の選択肢だったのだ。

そもそもなぜこの目の前にいる私の配偶者は、妻が生育家族との関係に悩んでカウンセリング治療中で、産後うつ状態な上に仕事復帰で心身ともに限界なのを知っていながら、その心と身体を完全に叩き壊すようなことをやったのか。しかも、自分が何をしたのかをとんと分かっていない様子なのは一体どういうわけだろうか。私のこの血だらけの魂が見えないか。骸骨と内臓剥き出しで、ぶら下がった目玉から絶えず涙を落としながら、赤子に乳をやっている女の姿が見えないのか。どうやら見えないようなのだ。これは……こいつ、問題ありすぎるだろ。

 

私は夫が大事故物件であることに気づいた。いやちょっとそんな気配は出会った時からかなり濃厚にあったのだけど、気にしないことにしていたのだ。自分自身で手一杯だったから。まずは己の事故処理をしなきゃならなかったので、夫には「親切ないい人」でいてもらう必要があった。だから「うわ」と思うことがあってもとりあえず後ろに放り投げて、見ないことにしていた。

赤子のために結婚を維持…夫婦ってはた目には滑稽な地獄絵図かもしれない。【小島慶子】_img0
写真:Shutterstock

この世に、問題のない人はいない。でもわざわざそこに関わる必要はない。黒柳徹子さんの名言に「いろんな人がいるけど、私はね、人のいいところとだけお仕事することにしているのよ」というのがある。70年も現役で働いてきた人の言葉である。だから私も仕事ではそれを信条にしている。私生活だってそうだ。出会う人出会う人、みんなの事故調書を読んでいたら身が持たない。土足で調べに入られるのも大迷惑だ。夫婦や親子であっても、相手の傷や闇には触れないでいる方が平穏に暮らせる。それが相手への親切であったりもする。