一人にできることは少ない。だけど、何もできないわけじゃない
けれど、『虎に翼』はそんな流れになることも織り込み済みで、寅子の正義感を描いているように思います。その証明となるのが、新たに寅子の上司となった多岐川(滝藤賢一)です。寅子が道男を預かったことに対し、同僚・小橋(名村辰)は「現実問題、一人の人間にできることには限界があるんだって」と呆れます。そんな二人に向けて多岐川が言ったのが、次の台詞です。
「自分の身だけでおさまらん善意は身内がしんどいだけだしな」
「ただ、理想のためにもがく人間にやいのやいの口だけ出すのも、いささか軽率だとは俺は思う」
一人の人間にできることに限界があるのは当たり前。けれど、あらゆる歴史の転換も社会の変革も、ある一人から始まっているのです。誰かが動かなきゃ始まらない。誰かが立ち上がらなきゃ何も変わらない。そして、その一人の原動力となっているのは、間違いなく理想と信念です。
審判の結果、不処分となった道男を引き取ることになったのは、寿司職人の笹山(田中要次)。正義に燃える若き日の寅子を応援していた笹山が、また寅子の力になりたいと味方になってくれたのでした。
「私にできることはないんでしょうか」と理想に明け暮れ、けれど自分の無力さを知り、「私、結局何も力になれてない。何もできてない」と責め悔やんだ寅子でしたが、最終的に事態を救ったのは、理想を追いかけていた過去の自分だったのです。一人にできることは少ない。だけど、何もできないわけじゃない。寅子と道男の物語は、そんなメッセージを示唆するようでした。
寅子を「傲慢」と言うのは簡単です。だけど、じゃあ「傲慢」と謗る人に一体何ができるのか。戦災孤児の問題は、そのまま現代のトー横キッズに象徴される行き場を失った子どもたちの写し鏡です。決して過去の話ではない、地続きの物語。でも多くの人が、はる(石田ゆり子)の言うように「どこかずっと他人事だった」ですませている気がします。そんな人間が、無力でも何かをしたいともがく寅子を笑えるのか。
不完全な寅子は、私たち自身に審判を下すリトマス試験紙のように感じました。
Comment