穂高に対する寅子の怒りについて、僕はわりと共感できます。満点を求める寅子は、穂高にも満点でいてほしかった。ここでいう満点とは、道なき道を切り開くパイオニアとして、理想の人でいてほしかったということ。
婦人の社会進出のため。平等な社会の実現のため。穂高は己の生涯を捧げた。志のすべてを果たせたわけではない。この祝賀会に集まった男たちの足元に、無数の亡骸が埋まっていることくらい、穂高にもわかっている。その無力さを穂高は「雨垂れの一滴」と納得しようとしていた。
でも、寅子は納得なんてしてほしくなかった。果たせなかったすべてのことを一緒に悔しがってほしかった。それでもあきらめず、土俵際から落ちる最後の最後まで戦ってほしかった。寅子が怒ったのは、穂高が理想を掲げることをやめてしまったから。もちろん尊属殺の規定について穂高が戦っていたことも知っています。それが叶わなかったこともわかっています。その無念を寅子は一緒に怒ってほしかった。「雨垂れの一滴」なんて言葉で美化してほしくなかった。
結局、寅子と穂高は真の意味ではわかり合えなかったのかもしれません。それでも、穂高は「スンッ」としない寅子に未来を託した。それは、どんな花束よりも価値のある、教え子から師への恩返しに思えました。
結局、物事なんてどの視点から見るかで善も悪も容易く変わってしまう。そして、その立脚点は、その人が生きてきた道筋や環境によって異なります。だから、他人の言動を正しいか正しくないかなんてジャッジすることは誰にもできない。
実際、僕も前回のレビューで、よね(土居志央梨)に「彼女もすでに30代。鼻っ柱の強さや強情さがチャームポイントとして愛された学生ではない」と書きました。寅子に大人になることを求める人たちに違和感を覚えた僕自身が、よねに対して「いい加減大人になれよ」と乞うたのです。今読み返すと、顔から火が出るくらい恥ずかしい。僕もまた社会の常識に飼い慣らされた偏見の塊です。
『虎に翼』の真におそろしいところは、『虎に翼』を語ることで自らの偏りや想像力のなさを開陳してしまうこと。それでも、恐れることなく『虎に翼』について語り続けていきたいと思います。なぜなら、その思考の繰り返しこそが、私たちを生きづらくしているものはなんなのかの答えを知る手がかりになるからです。
NHK 連続テレビ小説『虎に翼』
出演:伊藤沙莉
石田ゆり子 岡部たかし 仲野太賀 森田望智 上川周作
土居志央梨 桜井ユキ 平岩 紙 ハ・ヨンス 岩田剛典 戸塚純貴
松山ケンイチ 小林 薫
作:吉田恵里香
音楽:森優太
主題歌「さよーならまたいつか!」米津玄師
語り:尾野真千子
【放送予定】
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
※NHK+で1週間見逃し配信あり
文/横川良明
構成/山崎 恵
前回記事「『虎に翼』“傲慢”寅子と“潔癖”よね。失敗しながらも理想のためにもがく、その不完全さがいとおしい【横川良明の『虎に翼』隔週レビュー11•12週】」>>
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