阿部暁子さんの最新作『カフネ』(講談社)は、発売前から書店員や関係者から注目されていた作品。5月に発売されたあとも、SNSなどで「心がほっとする」「切ないけれど優しさが詰まっていて…」などと心に響いたという投稿が相次ぎ、約1ヵ月で重版が決まりました。

弟の春彦が急死し、不妊治療が原因で離婚したために、毎日アルコールが手放せないという荒んだ生活を送っていた41歳の薫子。ある日、弟の遺言に従い、彼の元恋人で家事代行サービス会社「カフネ」で働く、29歳の料理人・せつなと喫茶店で会うところから物語は始まります。二人の交流を中心に、さまざまな人との関わりや、誰かが誰かにそっと寄り添う温もりを丁寧に描き、弟の死の真相というミステリー要素も加わったこの物語は、どのようにして紡がれたのでしょうか。作者の阿部暁子さんにお話を聞きました。

おいしいと思えるだけでうれしい。心にそっと寄り添う物語。小説『カフネ』阿部暁子さんインタビュー_img0
 

阿部暁子
岩手県出身、在住。2008年『屋上ボーイズ』(応募時タイトルは「いつまでも」)で第17回ロマン大賞を受賞しデビュー。『どこよりも遠い場所にいる君へ』はベストセラーとなり、『パラ・スター〈Side 百花〉』『パラ・スター〈Side 宝良〉』二部作は「本の雑誌」が選ぶ2020年度文庫ベスト10第1位に選ばれた。ほかに『金環日食』『カラフル』などがある。

 

 


コロナによって、物語が変わっていった。


この物語が誕生するきっかけとなったのは、「小説現代」の当時の編集長からの「疑似家族ものはどう?」という提案からでした。

「私はあまり発想力が豊富ではないので、お題をいただいた瞬間にひらめくものが膨らんでいくし、そのほうが楽しいですね。また、今まで自分で気づいていなかったけど、自分の中で引っかかっていたものや、日々考えていたことが出てきたりするのもいいですね」(阿部さん)

本作の構想を考え、執筆している時に、新型コロナウイルスが世界中に広がっていきました。そのことは、阿部さんとこの物語にも大きな影響を及ぼしたといいます。

「書いている途中で中身がかなり変わったと思います。コロナによって私たちの生活が世界規模で脅かされました。人と会えない、買い物に出るのもためらわれるといった生活にさらされ、その騒ぎが収まっていくまでを見ていて、そんな中でも私たちは生きていかなくてはならない。また、人と触れ合うのはちょっと怖いし、気をつけなくてはと思っていても、いざ人と会えない、会わないようにと言われれば、それはそれで凹むものです」

八王子の法務局に務める薫子は、弟の急死と自らの離婚によって荒んだ生活を送っていました。そんな時、一度だけ会ったことがある弟の元恋人で料理人のせつなと再会します。弟が残した遺言書で、せつなを相続人の一人に挙げており、薫子は弟の思いを尊重すべく、せつなに相続してほしいと願いますが、せつなは完全拒否。言い争っている時にふらついて倒れてしまった薫子を家に送り、そのまま上がり込んだせつなは家にある食材で料理を作りはじめます。せつなが作ったのは、ツナとトマトが入った、温かい豆乳素麺。薫子が少しずつ自分を取り戻していこうとするきっかけになります。

私たちが毎日食べる食事には、必要な栄養素を得るための「生きるために必要なもの」と、健康的にはあまり褒められたものではないこともあるけど、「楽しむためのもの」に大別できます。本作に登場するせつなの手料理は、そのどちらも登場。改めて、人は生きるためだけに食べるのではなく、心を豊かにするために食べることもあることが実感できます。

「実は私が特に料理を作るのが好き、というわけではありません。なので、おしゃれで独創的な食べ物の話ができず、所帯じみていて申し訳ないな、というような普通の料理ばかりなのですが……。私個人の話で恐縮ですが、結婚していろいろ環境が変わり、家事もしているのですが、『別にそんなにやらなくてもいいよ』『買ったものでもいいから』って言われると余計に、栄養を考えつつ、少しでもお安く、などと考えてしまいます」

必要に迫られてなんとかこなしてはいるものの、それでも時々嫌になってしまう時もあります。

「そんな時、我が家ではヤマザキの“薄皮パン祭り”をしています。これは、つぶあん、クリームパン、チョコパン、ピーナッツパンなどをいっぱい買ってきて、お皿に並べて食べるだけというもの。栄養的には全然よくないけど、楽だし笑えるし、楽しいんです! 栄養やカロリーを気にしないで好きなものを食べて、気分良くお風呂に入ってぐっすり寝たほうがいい日もある。そんなのもありだと思うんですよね」