寮にいれてしまえば


「先生、斗真はどうです!? 星雲中は入試が都内より早いですよね? そこで合格したらもう都内は受けないつもりです。とにかく寮がある星雲中に合格させてください、先生」

22時半に斗真の部屋を出ると、こんなに夜遅くても完璧に化粧をしている母親が飛んできた。ここまでくるとなんだか滑稽な気がしてくる。

「そうですね、斗真くんは予想よりも知識が入っています。過去問などをやって慣れていけば可能性があると考えますが……その前に伺わせてください。星雲中を第一志望にしたのはお母さまですか? それともお父さまでしょうか?」

「ええ、それはもう、全員です。星雲中は医学部に強いと聞きますし、生徒は年に数回帰省するだけとか。入学してしまえばこっちのものですよね」

こっちのもの!?

上品な笑顔で、言葉選びがどうにもおかしい。

「息子は必ず全寮制の中学へ」タワマンに住む美しい母親の奇妙なリクエスト。隠された衝撃の真意とは?_img0
 

そもそも、この時期の受験生の母親というのはもっともっと「切実」だ。子どものことを考えて、ギリギリまで苦しんでいる。悪魔に魂を売るような親は、実はほとんどいない。頑張っている子どものセコンドになって右往左往……それが実態だ。

でもこの母親は何かが違う。これまで何百人という母親を見てきたが、彼女は何かが違った。

「併願校はどのようにお考えでしょう。ご希望でしたらば、傾向の似た学校で、医学部に強い都内の進学校をリストアップしますが」

「先生、私、本当は医学部にどうやったら入れるかなんて全然わからないんです。全寮制ならばあの子から完全に手を離せるでしょう? そうすれば一丁上がり。私の義務は達成です。だからとにかく、星雲中が一番ですけども、ほかの受験校も全部寮にしてください。とにかく寮。それが絶対条件です」

……頭が痛い。俺はできるだけ嫌悪感を表情にのせないように務めながら会話を続ける。

「寮暮らしになることについて、斗真くんとコンセンサスは取れていますか? 12歳で寮暮らしは、誰にでもできることではありません。第一に本人の強い意志が必要ですよ。親御さんが強制できるものでもないです」

 

すると母親は初めて、非常にイライラした顔でこちらを見た。

「あんなに高額な授業料をとる家庭教師がきれいごとを言うんですか? 当事者でもないのに、勝手なことをおっしゃらないでください。東京で私があの子を医者にするために人生を捧げるなんてまっぴらなんですよ」

……この母親は、ひょっとして継母なのだろうか。いや、それにしては顔は斗真くんとそっくりだ。しかしとても実の母の言葉とは思えなかった。

「今考えているのは星雲中のほかに東北のセントグレース中学、北海道の東海島田中学です。いずれも寮がある進学校ですから。ただ、あくまで第一志望は星雲中ですわ。先生、何がなんでも入れてくださいね」