問われるのは学校に行った年数ではなく、「しっかり勉強したかどうか」


まずは、子ども時代の教育から考えていくことにしましょう。お子さんがいる方は、自分のお子さんについての話だと思って読んでください。実は、認知症リスクは子ども時代からその運命が左右され始めていることが知られています。例えば、アメリカでの研究は、14〜15歳時点での読解力が、将来的な認知症の有病率の約半分程度までを説明できるかもしれないと報告しています(参考文献2)

これは、単純に「大卒なら良いだろう」というように、学校に行った年数だけの問題とも言えません。実際のところ、受けた教育の質や、実際にどれだけの学びを得たかの影響が大きいと考えられています(参考文献3,4)。つまり、ただ学校に行くだけでなく、学校でしっかりと勉強に取り組むのが大切だということです。これは、若い頃にしっかりと基礎的な学習を積むことで、脳の「認知予備力」を高める効果があるからだと言われています。

社会人になっても「勉強する人」「しない人」の差は、将来の認知症リスクに表れる!【山田悠史医師】_img0
写真:Shutterstock

この「認知予備力」とは、脳が持つ情報処理や問題解決能力の「蓄え」のようなものです。若い頃からの学習や知的な活動を通じて、この予備力を高めておくと、年を重ねてその「蓄え」を費やさなければならなくなっても脳の機能を維持しやすくなります。逆に、子どもの頃に勉強をサボってしまうと、この予備力が十分に育たず、蓄えがないため衰えのみが進んでしまい、将来的に認知症のリスクが高まる可能性があります。

 


「教育」には脳の修復機能を促す可能性が


その裏付けとして、教育を通じて脳の神経細胞の修復などに関わるタンパク質濃度が上がることが観察されており、軸索形成やシナプス形成(すなわち、脳内で信号を届けるための電線やその電線のネットワークの構築)を通じて、教育は脳の修復能力を促進する可能性が報告されています(参考文献5)。また、教育によって脳のネットワークの効率が上がり、加齢による変化が少なくなる可能性も指摘されています(参考文献6,7)。すなわち、これをインターネット回線に例えれば、教育はインターネット回線の保護を強化し、効率を上げることで、よりスムーズで障害を受けにくいインターネット環境を構築するような介入だと言えます。

さらに、教育レベルが高いと、より良い職業に就ける可能性が高くなります。そうすると、経済的な余裕が生まれ、住環境や受けられる医療の選択肢が増えます。また、その余裕から健康に対する意識も高まり、より健康的な生活習慣を送れるようになるかもしれません。これらすべてが、将来の認知症リスクを下げることにつながっている可能性があります。いずれにせよ、質の高い教育を受け、どれだけ深く学んだか、すなわち教育の質や達成度に応じて、認知症になるリスクが変化するようなのです。


大人になってからの「知的活動」が脳に与える影響


また、大人になってからの知的活動も、認知症リスクに大きな影響を与えます。仕事や日常生活での「認知的刺激」、つまり頭を使う活動が豊富である人は、認知症のリスクが低いことが知られています。13年以上にわたる10万人以上の人を対象とした研究では、仕事で高い認知的刺激を受けている人は、そうでない人に比べて認知症になるリスクが21%低いという結果が報告されています(参考文献5)。これは、継続的に脳を使い続けることが、脳の健康維持に重要なことを示唆しています。