光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.1.1

影の美、いのちの模様

京都の花店「みたて」で正月飾りを扱っていることを知り、12月初旬に注文した我が家の掛蓬莱。本来は床の間に飾るべきなのだろうけれど、和室のない家なので、リビングの白壁に掛けました。青々とした色と香りが新鮮です。でも、壁に映る影は、龍というよりシンゴジラかも。

昨年の冬、京都三条木屋町の小さな和菓子屋さんの店先で、目に飛び込んできたものがありました。

それは、濃い緑色の不思議にモワモワした植物で、幅20センチ、1メートル以上もあろうかという長さで壁に掛けられています。

一番上の和紙や稲穂で、なにかのお飾りだということはわかりますが、過去に一度も目にしたことがありません。

「これ、なんですか」

ご主人に伺うと、

「これは掛蓬莱といってね、お正月のお飾りですよ。蓬莱山を昇っていく龍を模しているんだね」

龍!  確かに、モワモワ草なのにどこか力強いその形状は、妙に有機的で、龍に見えないこともありません。上についている赤い千両の実が眼、笹が角と言われると、にわかに昇り龍のエネルギーが感じられるような気がして、龍神好きのわたしは、思わず「欲しい!」と叫びそうになりました。

「これは氏子になっている神社から毎年お札と共に送ってくるの」とご主人。そうか、買えないのね。京都だものね。きっとそれぞれの家で、好きな大きさにお誂えするのかも…。

いったんは諦めたものの、東京へ戻ってからも掛蓬莱が忘れられず、調べてみると、その起源はなんと神代の昔。緑のモワモワの正体は、ヒカゲノカズラという常緑多年生の蔓性のシダなのですが、「古事記」に登場しているのです。

「古事記」の岩屋戸の項。隠れてしまった天照大神にお出ましいただくために天宇受売命(アメノウズメノミコト)が、ヒカゲノカズラをその胸にたすき掛けした、という記述があります。

刈っても長い間枯れることなく、みずみずしい緑色を保つこの植物に、古代人は生命の象徴としての豊かな力を感じていたのかもしれません。

それにしても、太陽を呼び戻すほどの植物に、なぜ「ヒカゲ」という名前がついているのかしら。これも不思議で調べてみると、影という漢字の語源は「光」だったのです。

漢字学者、藤堂明保の「漢字源」によれば、影は本来の、暗い部分という意味のほかに、「物を照らして明暗をつける光」という意味があります。そもそも、光という意味の「景」という字に、模様の意味を表す右側のさんづくりが加わってできた漢字と知り、驚きました。

影は、光の存在を示す言葉。

影があるから、光もまた、まばゆく輝いて見えるのでしょう。

天から降り注ぐ光を浴びて育まれ、ひとりひとりが陰影ある「模様」を描く――それが人生なのかもしれません。

今年は、自分のなかにある影も、もう少し優しく扱ってやらないといけないな。むやみに否定したりせず、ふんわりと抱きしめて。

京都の花屋さんから取り寄せることのできた掛蓬莱を眺めながら、そんなことを思うお正月です。