命の長短は考えない、今ここを精一杯に生きる

大切な人を亡くしたとき…辛い思いの小林麻耶さんにかけたかった言葉【岸見一郎さん対談】_img4
 

岸見 もう1つ人生についての見方があります。今ここを精一杯に生きる、丁寧に生きるということです。

人はたいてい、人生を直線的に見ます。生まれたときがここで、死がここ、というふうに。それで私は時々、学生さんに聞くのです。
「今の自分はどの辺りにいる?」と。

そうすると学生さんは若いですから、「真ん中よりはずっと前かな」などと言う答えが返ってくることが多いのですが、よく考えたらそんなこと誰も分からないのです。
もしかしたら、もうとっくに中間地点を過ぎているかもしれない。
だからそういうふうに人生を長短で見ないでいいのではないか、と。

小林 はい。

岸見 長く生きるとか、長く生きられないとか、そういうこととは全く関係のない生き方をしたい。志を遂げずに道半ばで亡くなる、という言葉すらいらない。そのときそのときを精一杯生きられたらいいのです。

妹さんはそういう生き方をされたと思うのです。
母の闘病を振り返ると、私はあんな状況であんなふうには生きられなかったと思うことがあります。
母が自分の病気のことをどこまで理解していたかは分からないのですが、入院したとき「昔、あなたに教えてもらったドイツ語をもう一度勉強したいからテキストを持ってきてほしい」と言ったのです。それで私は母に、再びドイツ語を教えたのですが、やがて気力が続かなくなったとき、「あなたが面白いと一夏読み続けていた本があったでしょう、あれを読んでほしい」と言いました。
それはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』だったのですが、私は母の病室でずっとそれを声に出して読みました。

その後、自分自身も病気になって母のような生き方はそれまでしてこなかったことに思いあたりました。母は49歳で亡くなりましたが、そのときそのときを精一杯生きた。
そう思えると、長短は考えないですよね。長く生きているとか、短命だったとか、それすら問題ではない。

たとえればダンスみたいな感じでしょうか。その時々、踊っているその瞬間が楽しいのです。結婚もそんな感じですよね。今一緒にこの時間を過ごしていることが楽しいのです。

小林 ダンスという先生の表現は本を読んだ時からずっと心に残っています。

岸見 母は一つの人生のモデルを示してくれたのだ、と思えたとき、母のように生きられたらいいなと思ったのです。

本当は誰しも執着するものがありますから、「長短ではない」と簡単には言えませんし、人間はまた、そんなふうに割り切って生きられるものでもありません。
執着し、後悔もし、死んでいく。そういう面もたしかにあるのですが、その瞬間、瞬間を丁寧に生きられているかどうかだけが大切なのだ、と思うようになってほしいです。


「かわいそうだとは思われたくない」。
そう命を全うする姿に圧倒された

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小林 妹がBBC(英国放送協会)に寄稿した文章の中に、「例えば、今私が死んだら人はどう思うでしょうか。まだ34歳の若さで、かわいそうにでしょうか。小さな子どもを残して、かわいそうに、でしょうか。私は、そんなふうに思われたくありません」という部分があリます。もちろん、子どもたちの成長を見たかったと思います、心残りもあると思います。それは揺るぎないことなんですが、それを鑑みてもかわいそうだと思われたくない、と。
妹から、どんな状況でも与えられた時間を一生懸命生きるということの尊さを教えてもらいました。

岸見 そういうふうに思って人生を生きるのとそうでないのとでは、同じ死でも全然違いますね。「かわいそうな私」というのと……。

小林 そうですよね。本当に生と死に関しては、一生懸命これからも取り組んでいきたいなと思っているんですけど。

岸見 「そうか、34歳ですよね、若いですよね」、というのが普通の見方だと思います。しかし彼女が不幸だったかというと、これはもう、にわかに言えないですね。
何が幸せなのかということを考えなければいけないと思います。

小林 今回の先生のお話を読むことで、気持ちの切り替えができる方もいらっしゃると思います。

岸見 我々も大切な人を失ったり、親の介護に直面したりする年齢なのです。私は、こうして話しているこの瞬間も幸せなのですけど、そういう幸せな瞬間を重ねていくしかないのです。
いいことばかりでもない。でもそれもまた人生です。

黒色のない絵画はありません。それと同じように、世の中も、黒いところがないのはあり得ないでしょう? すべて含めて人生だと思えるようになれるといいのですが、なかなか難しい。10年ぐらい経ったときに、あのときの出来事にはこんな意味があったのだ、と思えたらいいのですが……。

小林 それまで、毎年こうして先生とお会いする機会を持ちたいです。
今回はありがとうございました!
 

今回のコーディネート

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シャツ¥18000(ヴェルメイユ パー イエナ)、サロペット¥45000(クチュール ド アダム)、ネックレス¥25000(シュム)/ヴェルメイユ パー イエナ 日本橋店 靴¥54000/イエナ エディフィス ラ ブークル(エマ ホープ)

【お問い合わせ先】
イエナ エディフィス ラ ブークル tel. 03-3226-5100
ヴェルメイユ パー イエナ 日本橋店 tel. 03-6262-3239


撮影/目黒智子
スタイリング/室井由美子
ヘア&メイク/秋山瞳(PEACE MONKEY)
構成/幸山梨奈、片岡千晶(編集部)

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