声入れはひとり。言い争うシーンも
相手役の宮本信子さんの声は入っていなかった


本作は字幕版とともに日本語吹替版も公開されます。監督が宮﨑さんをこの役にあてた理由、そして宮﨑さんは実際に演じてみてどんなことを感じたのでしょうか。

是枝 映画の主人公はカトリーヌ・ドヌーヴさん演じる母親=ファビエンヌだけど、ジュリエット・ビノシュさんが演じた娘=リュミールという役をどう描くかも大きなポイントで。物語の中で一番変化するのがリュミールだから。彼女を多面的に描くにはどうすればいいかと考えたときに、母親のほかに夫と娘がいるほうがーーつまり娘で、妻で、母であるほうがいいなと。限られた空間の中で人間を立体的に描こうとすると、家族ドラマってすごく便利なんですよ。役割の違いで、異なる顔をみせられるので。今回あおいちゃんに吹き替えをお願いしたのは、声の表現力が幅広いから。母親であり、妻であり、娘であり、娘の中にも「あの母親の娘」の部分と、妻と別れて家を出た「あの父親の娘」の部分があり……そうしたニュアンスの違いを、声で表現してくれるという確信があったんだよね。

宮﨑 私自身、そもそも演技プランというものを作ったことがないので、今回もそれは同じだったんです。プロの声優さんではないし、「この人ならこういう声を出すのでは」と声を変えて演じても、それですべてを統一するのは無理。だから声は変えずに、完成した作品の中でビノシュさんが作り上げているものについていく、そうすればきっと異なるニュアンスが表現できるのかなという感じでした。

是枝 でも僕のほうも「そんなになぞらなくていいよ」と伝えて、あとはよろしくって言っただけ。現場のディレクションも別の方にお任せしていたんだけど、丸投げも何だし、2日間の予定だから2日目に顔を出そう……と思っていたら、NGがほとんど出ずに、1日目の午後にはほぼ終わってた。終わりそうと連絡を貰って急遽駆け付けましたが、現場のスタッフも、みんなすごいって言ってましたね。

 

宮﨑 現場で誰かと演じていると、その方のDNAのようなもの引き継いでいく部分があるんです。例えば「篤姫」で母親役だった樋口可南子さんのたたずまいや、教育係の幾島役の松坂慶子さんの強さを、大人になった篤姫を演じる時に思い出しながら演じたり。もちろん共演だけでなく、作品を観ることで何かを受け取ることもあって、そういう部分では、声の演技でもしていたことは同じだった気がします。今回は一人ずつの録音でしたから、私が声を入れたときは、ファビエンヌ役の宮本信子さんの声は入っていなかったんです。でも完成品を観たら、ちゃんとお芝居の掛け合いになっていたし。

是枝 それすごいことだよね。ファビエンヌとリュミールが言い争うディナーの場面なんて、二人の言葉の応酬のテンポが次第に上がっていく感じとか、攻防が瞬時に逆転したりする感じとか、字幕版では味わえない圧倒的な緊張感がある。字幕とは異なるものが伝わって、吹き替えもアリだなと思いました。