閉塞的なムードがつづく世の中ですが、心の風通しは良くしていたいですよね。
今回ご紹介する作品は、ページをめくれば、空から言葉のそよ風が吹いてくるーーそんな1冊です。
編集担当者が、詩人・長田弘さんとのエピソードを交えつつご紹介します。

 

「詩・長田弘 絵・いせひでこ」の絵本


詩人の長田弘さんが癌のため急逝されたのは、ちょうど5年前。
2015年5月のことだった。
亡くなる前年まで、数か月に一度、「青山あたりのイタリアンで」と長田さんのほうから声をかけていただき、ランチをごいっしょするのが恒例だった。
抑制のきいた詩のイメージからは意外なくらいに冗舌で、愉快そうに話をされるお顔が印象に残っている。

私は絵本編集者として、絵本作家・画家のいせひでこさんが描く、長田さんの「詩の絵本」を担当していた。
 
 今日、あなたは空を見上げましたか。
 空は遠かったですか、近かったですか。

で始まる詩、『最初の質問』の絵本を出したのが2013年。

 

それに続く『幼い子は微笑む』を、いせさんが描かれている間に、長田さんは旅立たれてしまった。
2016年2月刊行。完成した絵本を長田さんに見てもらうことはかなわなかった。
長田弘といせひでこによる最後の本。
そう考えた私は、絵本の帯に、「詩人と画家による、最後の二重奏(デュエット)」というコピーを入れた。

 


長田さんの「遺言」


しかし――。
2017年の初夏、長田さんの仕事をアシストされていた林久代さんから、思いがけないお話をいただく。

長田さんは亡くなる直前まで、読売新聞「こどもの詩」の選者をつとめていたが、じつは、11年間(2004~15年)子どもの詩に添えてきたご自身のコメント(選評)だけを集成し、一冊の本にされるというお考えだったという。
本のタイトルもすでに長田さんが決められていた。
『語りかける辞典』。

林さんは、書籍化するためのコメントの分類・整理を長田さんから依頼されていたが、膨大な原稿を前に試行錯誤、四苦八苦。亡くなられて2年経ってようやく作業が終わり、私に知らせてきてくれたというわけだった。

しかし、長田さんは、いったいどのような本のかたちを求めていたのだろうか……?そこからは、いせひでこさんと私との間で、試行錯誤、四苦八苦が始まった。さらに3年が経ち、いま手元にあるこの本が、私たちの「答え」である。
 

 

詩集? 辞典? 絵本?


まず、何よりもこれは「詩集」だ。
もともとは、詩を書いた子どもたちに向けたメッセージだったはずだが、独立させて読むと、長田さんの哲学が詰まった小さな詩の集まりになっている。

同時に、長田さんの遺したタイトルから、これは「辞典」でもある。
林さんの分類・整理をもとに、
あさ[朝] 
いろ[色]
うた[歌]……
といった、五十音順の項目をつけた。
なにげなく国語辞典をめくると、さまざまな言葉が脈絡もなく目に入ってきて、なんだか面白い……という経験はないだろうか。
この本にも、それに似た感覚がある。
なにげなくページをめくると、思いがけない詩人のささやきが聞こえてくるような。

最後に、この企画が私に託されたということは、同時にいせひでこさんに託されたことでもというのが、私の理解だった。
それに応えて、いせさんは、200ページを超える本書のすべての見開きに、絵を描いてくれた(こんな数の原画を一度にいただいたのは初めてだ!)。
これは子どもに向けた「絵本」でもあるのだ。

そして、そのいせさんの発案で、「風のことば 空のことば」という書名を加えさせていただいた。
空に行ってしまった詩人から、ことばの風が吹いてくる。
そんなイメージだ。

長田さん。
こんな本ができました。
「答え」は、これでよかったでしょうか……? 
空を見上げながら、私は問いかけている。


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『風のことば 空のことば ~語りかける辞典~

長田弘/詩   いせひでこ/絵

2020年5月に没後5年となる詩人・長田弘の新刊。
項目は五十音順になっており、〈辞典〉のような構成です。しかしその内容は、長田さんが語りかけてくるような言葉が詰まった〈詩集〉。そして、『最初の質問』『幼い子は微笑む』で長田さんの詩を絵本化した画家・いせひでこさんの絵がすべての見開きに入っていて、〈絵本〉のような雰囲気も漂います。何気なくページをめくれば、空から詩人の言葉のそよ風が吹いてくる――そんな不思議な一冊です。

 

著者プロフィール

長田弘(オサダヒロシ)

詩人。1939年福島市生まれ。早稲田大学卒業。毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞、講談社出版文化賞、詩歌文学館賞、三好達治賞など受賞多数。

いせひでこ(イセヒデコ)
伊勢英子。画家、絵本作家。1949年札幌市生まれ。13歳まで北海道で育つ。東京芸術大学卒業。野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞美術賞、講談社出版文化賞など受賞多数。
 

文/塩見亮