「大賞受賞は想像もしていなかったし、世界が変わってしまった感じ。ノミネートだけで大満足して、そこからは後は担当編集さんたちと今年の受賞作はなにかとイチ読者の立場で盛り上がっていたくらいで」と語るのは、本屋大賞受賞作『流浪の月』の著者である凪良ゆうさん。同作は、BL小説でデビューした凪良さんにとって、一般文芸では初めての単行本作品。誰にも理解されない男女の関係を、胸をギュッと締め付ける物語と、美しく描写で繊細に描きます。
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凪良ゆう(Yuu Nagira)
1973年生まれ。2007年、長編『花嫁はマリッジブルー』で本格的にデビュー。以降、各社でBL作品を精力的に刊行し、デビュー10周年を迎えた17年には非BL作品『神さまのビオトープ』を発表、作風を広げた。巧みな人物造形や展開の妙、そして心の動きを描く丁寧な筆致が印象的な実力派である。20年、一般文芸でははじめての単行本刊行作品となった『流浪の月』で第17回本屋大賞を受賞。おもな著作に『未完成』『真夜中クロニクル』『365+1』『美しい彼』『ここで待ってる』『薔薇色じゃない』『セキュリティ・ブランケット』『わたしの美しい庭』がある。
凪良さんの書くBLは好きだけど、”攻め”が魅力的じゃないと言われたことも
『流浪の月』は誰にも理解してもらえない二人の関係を描いた物語。切なさ、苦しさ、美しさ……物語は胸がぎゅっとなることの連続なのですがーー読み出して何しろふわふわした気持ちになるのは、描写される「文くん」の美しさです。
「奥二重の切れ長の目で唇が薄い」「鼻が完璧」「白くて長い腕」「いつも座っているので、こんなに背が高いとは知らなかった」「白いカラーの花みたい」ーー読んだそばから頭の中で文くんのイメージが立ち上がるのは、BLというエンタメジャンルから始まったという凪良さんのキャリアゆえでしょうか。
凪良ゆうさん(以下、凪良):どうでしょうか。BLの読者さんからは「凪良さんの書くBLは好きだけど、”攻め”が全然魅力的じゃない」って言われることが多いんですよ。一度なんて「この”攻め”、万死に値する」と言われたことも(笑)。“攻め”は“受け”以外の好きな人がいちゃいけない、たとえ過去にいたとしても“受け”に出会った瞬間に「お前以外は目に入らない!」となるのが王道なんです。だから昔の恋人への思いを引きずっている“攻め”は、「万死に値する」という。そういう意味では文の心に一番大きく居座っているのは、最初から最後まで更紗だし、無理やりBLに変換すると「王道」かも……と、今気づきました(笑)
ちなみに“攻め”とは大雑把に言えば「関係においてリードする側」ーーまあBLの世界にはもっと複雑な分類があるようですが、それはさておき。文くんのあり方(ネタバレを含みますので、詳細は本書にて)は、「ある種のアラフォー婦人」にとって、理想のタイプのように思えます。「あの人の恋人になりたい」というよりも「誰のものにもならないあの人に、ずっと恋していたい」という思いで、アイドルに心を捧げる婦人……それも、やや“オタク系”の。
凪良:だったら嬉しいですね。アイドルを応援している方たちには“夢女子”(恋人や嫁になりたいファン)もいれば、そうではない方もいますしね。私自身は推しの視界に自分ごときが入るのは許せない、というタイプかも(笑)。好きなバンドのライブでメンバーが物販に出てくると、握手したい喋りたいと思いつつも、推しの目に自分が映るのが恥ずかしくて、無表情にグッズだけ買って慌ただしく去るとか、ただの愛想の悪い人みたいになっちゃったり(笑)。
読んでくださった人の感想で「そういう物語だったのか」と気づく
凪良:BLは「ボーイズ」の「ラブ」ですし、少女漫画の形態を継いでいるので、ハッピーエンドが基本。男性キャラクターにしても、ストーリーにしても、そこから外れたものは「それが読みたいんじゃない」と言われてしまう(笑)。なかなか自由には書けないんですよね。
『流浪の月』は、そういう世界から、まさに外れた作品と言えるかもしれません。まずはもちろん主人公の更紗が女性であること。その更紗が幼い頃に、一時期一緒に暮らしていた、見ず知らずの大学生が、文です。二人の関係に「いかがわしいもの」は何もなく、もっと言えば更紗にとっては幼少期で唯一の心安らぐ日々だったのですが、世間はふたりを「被害者」「加害者」という枠に閉じ込める。そういう世間の先入観に囚われたまま別の人生を歩んでいた二人は、15年後に偶然の再会を果たします。ハッピーエンド……というわけには、なかなかいきそうにありません。
凪良:作品を書くきっかけって上手く説明できないんです。別のインタビューで「猿が本能に従って木に登るみたいな感じ」と答えたほど(笑)。お、いい木があるな、登ろう、という欲求が最初のきっかけで、そこからどんどん広げてプロットにいくていくのは、いい木からいい木へとどんどん渡っていくようなもので。
でもこの作品に関してはちょっと違いますね。「とにかく好きに書いてくれ」と言われたので、今までの短編やBLで書ききれなかったものが、入り混じって一番濃いものになりガーッ!と出た感じでしょうか。編集者さんや読者さんからの感想で「なるほど、そういう物語だったのか」と改めて物語の輪郭を捉え直すことはありますが、そもそも私は自分の中にあるものを書き続けているので、意識はしていないけれど、やっぱりどこかでそういうことを考えているんだろうなと思います。
そのひとつは何かといえば「家族」のことです--それも、カッコ(「」)つきの。
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