「……なに?」
怪訝な顔で振り返ると、男は何やら気まずそうに大きな手で鼻を掻いている。早希がそのまま黙っていると、彼は大きな身体に似合わぬ小さい声でボソボソ呟いた。
「いや……その、お前はどこでもやってけると思う。実力があるよ、進藤には」
意外すぎるセリフに驚き、即座には声が出なかった。
目を丸くして立ち尽くしていると、堂島もどうしていいかわからないといった様子で視線を泳がせている。
「……ありがとう。えーっと……堂島も編集長、頑張って」
うろたえながらもそう伝えると、彼は「ああ」とぶっきらぼうに言って足早に立ち去った。
いつもより小さく見える男の背中を眺めながら、思わずふっと笑いが漏れる。
――彼は彼で、必死だったんだ。
堂島は、どうしても編集長になりたかった。
同期を蹴落としてでも欲しいポジションだったから、手段を選ばず取りに行った。その熱量と行動力が早希にはなかった。だから負けたのだ。
告げ口という裏切り行為を許す気にはならない。だがそもそもママ雑誌の編集長というポジションを早希自身も望んでいなかった。そのまま昇進していたらむしろ後悔していたかもしれない。
ポジティブに捉えるならば、WEBメディア『グレディ』への転職を決心できたのは堂島のおかげとも言える。
「頑張ろう。お互いに」
すでに堂島の姿はなかったが、早希はそう小さく声に出してから踵を返した。
「離活」する女性に伝えたいこと
会社に退職の意志を伝えてから2週間が経った週末。
六本木で『グレディ』の撮影があると聞いて顔を出すと、偶然にも読者モデルとして参加していた美穂に会うことができた。
すでに慣れた様子の彼女は、カメラの前で次々にポーズをとっている。
――美穂……すごい。素敵!
すっかり自信を取り戻した親友は、思わず見惚れるほどに輝いていた。
「脱毛症になった」と告白された日の弱々しい美穂も、「私なんて」「私なんか」と自分を卑下ばかりしていた美穂も、もうどこにもない。
覚悟さえ決めれば、人はいつでもどんな風にも変われる。堂々とモデルをこなす彼女の姿に、早希は改めてそう教えられた気がした。
「すごい!早希と仕事で関われるなんて夢みたい」
撮影が終わると、早希は美穂を近くのカフェに誘った。『グレディ』のプロデューサーになったことを報告すると瞳を輝かせて喜んでくれ、その笑顔にホッと救われる。
これから始まる新しいチャレンジにワクワクしているものの、その一方でやはり不安もある。親友がこうしてそばで応援してくれるのは大きな励みだ。
「ところで美穂のほうは、どうなった……?」
モラハラ夫との離婚は、その後どうなったのだろう。迷いながらも気になって尋ねてみると、美穂は小さくため息を吐き首を振った。
「それが、初回の調停を貴之さんが無断欠席して……」
「ええ……無断欠席!?」
まったく、どこまで迷惑な男なのだろうか。呆れてモノが言えないでいると、そんな早希に美穂は慌てて笑顔を向けた。
「心配しないで、大丈夫だから。弁護士さんがきちんと手続きしてくれてるし」
しかしそう言ったすぐ後で、美穂は「あっ」と小さく声をあげた。
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