「叶わぬ恋」と聞くと、どんな気持ちになりますか? 2021年1月に下巻が発売され、完結した漫画『美しいこと』は、二人の男性の誤解から芽生えた恋心と、素直に受け入れられない自分の気持ち、伝えたくても伝えられない葛藤などを丁寧に描いた作品です。カテゴリはBLではありますが、人を想う気持ちや葛藤は性別を超えて心に染み入るはず。むしろBLにご縁がなかった人に手にとってもらいたい作品です。

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『美しいこと』(1) 原作・木原音瀬/漫画・犬井ナオ

人には多かれ少なかれ、他の人には言えない秘密があるものです。30代の会社員・松岡は、仕事でしっかりと結果を出している営業マン。そんな彼の秘密は、週末の夜に女装して出かけること。半年前に別れた彼女が置いていった服を着てリップをつけてみたところ、意外にも似合っていて、その格好のまま外に出かけてみたら、男性から視線を集めるほど。日常から離れ、別人として歩くことが松岡の誰にも言えないストレス解消になっていきました。

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女装して歩いていたある日の週末の夜、松岡は中年男性に声をかけられます。営業の新規開拓をしようと思っていた企業の営業課長でした。「なにか有利なネタが聞き出せるかもしれない……」と思った松岡は、誘いに応じます。ところが、気がついたらなぜかホテルの一室で、「騙しやがって……! 男じゃねぇか!?」という怒号で我に返ります。一緒に酒を飲み、松岡が意識を失っているうちに、営業課長にホテルに連れ込まれていたようです。女だと思いこんでいたのに、実は男だということに気づいて激昂した営業課長に暴行され、なんとか逃げ出す松岡。

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外は雨が降っており、松岡は、恐怖心と殴られた痛みでフラフラになりながら道の片隅に座り込んでしまいます。裸足のままで荷物も忘れ、どうすることもできません。女装で歩いている時には、男から声をかけられることで優越感を憶えていましたが、雨に濡れ、裸足でしゃがむ松岡に声をかける人は誰もいません。そんな中、ある男性が傘を差し伸べました。

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女装姿の松岡が裸足なのに気づいて、自分が履いている靴を差し出し、タクシーを止めてくれたのです。

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お礼を言いたくても、声を出せば男だとバレてしまうかもしれないと思った松岡は、男性の手をとり、指に「わたしは喋ることができません」と文字を綴ることに。すると、その男性はタクシー代の現金と、運転手に行き先を伝えるために使うノートまで手渡してくれたのです。

 

翌日、いつもどおり出社した松岡が、所用で総務部に赴いたところ、そこには昨晩、女装姿の松岡を助けてくれた男性の姿が! 実は同じ会社で、同僚がいつも「使えない部下」と愚痴っていた寛末(ひろすえ)という男性社員だったのです。冴えない印象で、不器用で要領が悪く、同僚に怒鳴られている姿を目の当たりにします。

同じ会社の人だったことに驚く松岡ですが、借りた靴やお金を返すために、寛末に会社の最寄り駅で接触を試みます。女装姿は週末の恐ろしい体験から、もうしないと思ったものの、さすがに男性の姿で会うわけにはいかず、再び女装することに。借りたものを返してこれで終わりのはずだった松岡に対して、言葉を発することができない美しい女装姿の松岡に心を奪われてしまう寛末。その後、会社の最寄り駅のホームで、“彼女”を待ち続ける寛末の姿を見た松岡は、自分が蒔いた種だからと再び寛末の前に姿を表します。

こうして二人の交流が始まり、寛末はどんどん女装姿の松岡に惹かれていきます。松岡もまた、メールのやり取りを通じて、寛末の素直な気持ちに心が揺れます。しかし、松岡は本当は男性であり、寛末に嘘を付いていることになるため、想いに応えたくても本当のことが言えずに葛藤します。もし、自分が男性であることを思い切って伝えたとして、拒絶される恐怖にも苛まれます。

この二人がどうなっていくかはぜひ、『美しいこと』上下巻で確かめてもらうとして、とにかく全編を通して切ない……。気持ちを伝えたら、関係性が壊れてしまうのではないか。本当のことを知ったら、相手は自分から離れていってしまうのではないか。恋愛関係における、こうした葛藤に性別はなく、きっと誰もが感じたことがあるでしょうし、共感できると思います。叶わぬ恋の苦しさ、叶いそうにないからこその切なさや儚さが、物語の随所からにじみ出ており、それらが繊細で美しい絵で表現されています。

原作の木原音瀬さんはBL作品の名手として知られ、小説『美しいこと』(講談社文庫)は、舞台化されたほどの人気作です。原作や舞台を知っている人も、コミカライズによってこの物語の新たな魅力が発見できるはず。人を愛することの切なさや抑えきれない感情に触れ、心を揺さぶられてほしい!
 

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『美しいこと』
原作・木原音瀬/漫画・犬井ナオ 講談社

別れた女の服を着て、夜の町を歩き男の視線を浴びる快感にはまった松岡。ある夜、行きずりの男に乱暴された松岡を救ったのは、会社の冴えない先輩・寛末だった。不器用でトロいと悪評の寛末だったが、その純粋な愛に惹かれた松岡は「女装」のまま逢瀬を重ね、ついには恋の告白を受ける。もう会わない。もう会えない――。初めて知った自分の想いに、松岡は……?