美智子さまの終い方「30年前、即位の時の異例の発言」とは?

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上皇さまが生前退位をされ、新天皇が即位されてから、早2年が経とうとしています。昭和から平成へ、喪に服したお代替わりと違い、平成から令和への交代は明るい祝福ムードで迎えることができました。

しかし、それを実行するためにはたくさんの美智子さまと上皇さまの努力の積み重ねがあったのです。新刊『美智子さま いのちの旅 ―未来へ―』には、お二人の人生後半への道のりが分かりやすく描かれています。
美智子さまの「終い方の知恵」からは、私たちも学べることがありそうです。

美智子さま86歳のお誕生日のポートレート。写真/宮内庁提供


平成の天皇に即位したときから、終い方が始まる

美智子さまが即位された際の十二単のお姿。 撮影/雑誌協会代表

1989年(昭和64年)1月7日の昭和天皇崩御後すぐ、その日のうちに皇太子明仁さま(上皇さま)は天皇の位を受け継ぎました。三種の神器の一つ、八咫鏡やたのかがみを祀る賢所への奉告「賢所の儀」と三種の神器のうちの宝剣と神璽しんじが新しい天皇に移る「剣璽けんじ等承継の儀」を持って践祚せんそされたのです。

 

そして、「大喪の礼」の諸行事が滞りなくすみ、一年間の喪が明けた1990年(平成2年)11月12日、皇居正殿にて「即位の礼」の中心儀式である「即位礼正殿の儀」が厳かに行われました。

「即位礼当日賢所大前の儀」は、平安時代前半の820年、嵯峨天皇のみことのりで天皇の神事の際の御服は「はく御衣おんぞ」と定められたとおりに、天皇陛下(上皇さま)と美智子さまは純白の御服をお召しになりました。「帛」とは、神に供える白い絹のことをいい、古来もっとも貴い色とされています。

美智子さまも同様に、真っ白な絹の十二単をお召しになりました。はく御五衣おんいつつぎぬ御唐衣おんからぎぬ、腰から後ろに御裳おんもをつけられ、長袴だけが薄紅色の平絹で女性らしい優しい色合わせです。髪は大垂髪おおすべらかしに銀の沃懸地蒔絵無紋いかけじまきえむもん額櫛ひたいくし、銀の釵子さいしと簪を差した清らかなお姿でした。
 

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【秘蔵写真】美智子さまの色褪せない品格とエレガンス
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写真はすべて、講談社所蔵写真3万枚超から厳選した貴重なカットです。
この企画は弊社写真部のカメラマンが主に1960~1970年代に美智子さまを撮影したお写真で構成されています。キャプションは過去の資料をあたり、敬称・名称・地名・施設名・大会名・催し物名など、その当時のものを使用しています。古い写真が多く、退色・汚損したものは色鮮やかにデジタル化してよみがえらせています。

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