美智子さまの「生前の遺言」国民の負担にならないお墓と葬儀とは?

上皇さまが生前退位をされ、新天皇が即位されてから、早2年が経とうとしています。昭和から平成への喪に服したお代替わりと違って、令和への交代は明るい祝福ムードで迎えることができました。

しかし、それを実行するためにはたくさんの美智子さまと上皇さまの努力の積み重ねがあったのです。新刊『美智子さま いのちの旅 ―未来へ―』には、お二人の人生後半への道のりが分かりやすく描かれています。
美智子さまの「終い方の知恵」からは、私たちも学べることがありそうです。

上皇上皇后両陛下、2021年の新年のポートレート。写真/宮内庁提供

30年以上前のことです。昭和天皇が崩御されると、前例に従って葬儀が行われました。古くからのしきたりにのっとった儀式は、壮大かつ長期間に渡り、国民への影響があまりに大きいことに美智子さまは驚かれたといいます。
その時から、美智子さまと陛下(上皇さま)の「終い方」への取り組みが始まったのです。

 

2012年(平成24年)4月26日、羽毛田宮内庁長官は定例会見で、

「両陛下は逝去された際のご自身について、火葬が望ましいというご意向がある」

と発言しました。また、

「天皇陛下(上皇さま)と美智子さまが同じ陵に入る『合葬』も視野に入れて検討する」

と続けました。これは「葬儀の簡略化に対する方針」の発表であり、両陛下からの「生前の遺言」であると捉えられました。

つい2カ月前に上皇さまが心臓バイパス手術をお受けになったばかりのこの時期に、なぜ唐突にこのような発表がなされたのかと疑問に感じた人もいました。この定例会見から間もない6月に羽毛田宮内庁長官が退官したことから、自分の在任中にこの問題について触れておかねばならないと考えたのでしょう。

羽毛田宮内庁長官は、定例会見の直後のインタビューで、
「両陛下のご意向は早くから伺っていました。もう少し早く申し上げるべきだったかもしれませんが、東日本大震災(2011年3月)や陛下のご不例(病気)もあり、難しかった」
と語っています。


2013年11月、葬儀と火葬、陵の規模を公表に

 

翌2013年(平成25年)11月14日には、宮内庁の風岡かざおか典之長官が記者会見で陛下(上皇さま)と美智子さまの逝去の際の葬儀や陵についての方針をまとめて公表しました。
天皇の葬送について、検討課題も含めて事前に公表されたのは、きわめて異例なことでした。

それは、

「国民生活への影響を極力減らすことが望ましい」

との上皇さまと美智子さまの意向を受けたもので、国民とともに歩み、尽くされてきた平成流の両陛下の集大成ともいえる内容でした。

この記者会見で表明された検討課題は、皇室の私的行事としての葬儀や陵が対象でした。陵については、ここで示された方針に沿って建造されることになると発表されました。

国民生活への配慮から、陵は昭和天皇陵より小さくし、天皇陵と皇后陵を寄り添うように配置します。とりわけ注目を集めたのは、土葬ではなく火葬にすることでした。

葬儀場の候補地は明言されませんでしたが、その規模や儀式の簡素化を含め、今後さらに細かく決めていくといいます。

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【秘蔵写真】美智子さまの色褪せない品格とエレガンス
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写真はすべて、講談社所蔵写真3万枚超から厳選した貴重なカットです。
この企画は弊社写真部のカメラマンが主に1960~1970年代に美智子さまを撮影したお写真で構成されています。キャプションは過去の資料をあたり、敬称・名称・地名・施設名・大会名・催し物名など、その当時のものを使用しています。古い写真が多く、退色・汚損したものは色鮮やかにデジタル化してよみがえらせています。

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