これは、浮気をされた者たちの物語。でも、「サレ妻」「サレ夫」の話、と一言で書いてしまうと、この作品の「ぬめり感」は伝わらないかもしれません。門脇麦さんと森山直太朗さんが「友達以上、不倫未満の関係」を演じるドラマ『うきわ ―友達以上、不倫未満―』が、テレビ東京系列で8月9日から放送されています。
このドラマの原作、野村宗弘さんの同名コミック『うきわ』は、ベランダで静かに進行する主人公二人の関係性が危うく、ドキドキさせられる一作です。

『うきわ』(1) (ビッグコミックス)

はじまりは「序章」というエピソードから。

 

昼間、家でうとうとしていた主婦の麻衣子はこんな夢を見ました。海のようなところで浮かんでいるようで、顔まで沈んでいる自分。そこに一つの浮き輪が投げ込まれ、つかんでみると、その先にはある人がいた……。

誰がこの浮き輪を投げてきたのでしょうか?

はっ、と目を覚まし、洗濯物を干さずに眠っていたのに気づき、麻衣子はあわててベランダに出ます。
にしても、うきわって。うきわ、文字を入れ替えると浮気になる。夫はどうやら浮気している。前に、夫の携帯電話で見た「車修理110番」という女の人からのメールを思い出し、モヤモヤ。

旦那のケータイなんか 見るもんじゃないわ…
ほんま 消しとくよ普通…


でも、次の瞬間には「早く帰ってこないかな」と夫の帰りを待っている自分がいるのでした。

明らかに「車修理」ではないメールの文面を思い出す麻衣子さん

そして、「序章」の別のエピソード。

社宅マンションに住む麻衣子が夜7時ごろ、自宅のドアを開けるとちょうどお隣に住む二葉さんが帰ってきていました。二葉さんは、夫の上司です。

上司が帰ってくる時間なのに、部下の夫はまだ帰ってきていない。仕事だと連絡が来ているけれど、違うのはバレバレ。「ほんまに仕事なん?もう帰っとりませんでした?」と二葉さんにイヤミのように言ってみる麻衣子。

でも、二葉さんの奥さんも帰ってきていません。

二人はそれぞれの部屋のベランダに出ます。

壁で隔たれながらもぽつりぽつりと会話する二人。妻が「陶芸教室に通っている」という二葉さんは、「奥さん、陶芸教室ばっか」と麻衣子に言われると「最初は月2回しか、なかった」と、とぼけているような言い方。そして、自分の夫は「車修理110番」さんと楽しくやっているんだと言う麻衣子。

二人ともパートナーに浮気されているのです。

 

うちはもう二葉さんと一緒になりたーわ

話の流れでそんな冗談だか本気だかわからないことを言うと、二葉さんは困惑。

そう、夢の中で浮き輪を投げたのは、二葉さんだったのでした。

この「序章」の後、麻衣子が「車修理110番」さんの存在をはじめて知った時の衝撃や、二葉さんとベランダ越しに話すようになるきっかけが描かれる「過去」のエピソードに続きます。そこから、二人の「過去」と「今」のエピソードが順繰りに語られていきます。

「本当に残業してるの?」と夫に聞くことすらできず、一人で抱え込み、息が詰まりそうな状態から救ってくれる二葉さんの存在を「うきわ」と表現する叙情性や、ベランダで静かに進行していく二人の関係に漂う空気、間合いが本作の味わいになっています。

 

読んでいくとシンプルな絵柄の中に、ところどころでしっとりした色気が見え隠れするのにも気づきます。二葉さんに惹かれている麻衣子が、流し目っぽい目つきをしたり思わせぶりな言葉をかけつつも、大胆な行動にはなかなか出られず、ベランダでの逢瀬に甘んじている姿には、真面目な女性の奥底にある、女としての体温や湿気といった「ぬめり感」を感じるのです。

たとえば、義実家からもらったドーナツを、二葉さんに渡そうとする麻衣子のこのシーン。

 

仕切り板のしたから手を伸ばして必死に渡そうとする行動自体は子どもじみてるのですが、「秘密の扉」と笑って言うところや、この手がなんだか色っぽい。

一方、二葉さんの方は冷や汗をかいているシーンが多いように、この関係を進めず、どうにか「寸止め」をしていたい様子。彼は麻衣子の「うきわ」であるのですが、はたして、逆に麻衣子が彼の「うきわ」なのかどうなのかは、本作を読み進めて確かめてくださいね。

また、「車修理110番」さんの存在を知った夫の携帯電話がスマートフォンではなく折りたたみ式で、あれ?と不思議に思った方もいるかもしれません。
本作は2012年から2014年まで連載されていた作品なので、ちょっぴり懐かしい描写もあるのです。
2021年現在、本作の続編として『うきわ、と風鈴。 -友達以上、不倫未満-』が『ビッグコミックスピリッツ』で連載されています。折りたたみ式の携帯電話を使用している本作と、コロナ禍を反映させた続編を読み比べてみると、社会情勢の移り変わりが感じられるという別の楽しみ方ができます。

そして、放送開始されたドラマ。門脇麦さんと森山直太朗さんというキャスティングは「わかるわかる」と個人的には納得のひとこと。この作品の「ぬめり感」を表現できるお二方のような気がします。ドラマと見比べながら楽しむのもオススメのコミック『うきわ』、まずは「序章」からどうぞ。
 


【漫画】『うきわ』第1〜3話を試し読み!
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『うきわ』
著者:野村 宗弘 小学館 

ベランダ越しにはじまったこの関係は、私の「うきわ」。夫に浮気をされている女性と、妻に浮気をされている男性の「友達以上、不倫未満」な関係をしっとりと叙情的なタッチで描く。静かな中に、秘めた思いと色気を感じさせる大人の恋物語。


作者プロフィール:野村 宗弘
福岡生まれ広島育ち。公共職業訓練を受講し、機械系メーカーに入社。溶接加工業務に従事した後、講談社「イブニング」にて漫画家デビュー。第14回、第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品に選ばれた『とろける鉄工所』が代表作。『うきわ』の続編となる『うきわ、と風鈴。 -友達以上、不倫未満-』が『ビッグコミックスピリッツ』にて、2021年24号より連載中。


構成/大槻由実子