この夏も昨年に引き続き、海も映画館もなかなか行けなかったな⋯⋯ という人が多いのではないでしょうか。海と映画館の共通点は、一度入ると自分が丸ごと持っていかれるようなダイナミックな感覚が得られるところ。向こうから押し寄せてくる音や映像、波や匂いなど、五感がフル稼働せざるを得なくなる世界です。

『海が走るエンドロール』は、海と映画をテーマにしたストーリー。作者のTwitterで第1話が公開されるとすぐに大きな反響を呼び、8月16日に発売された1巻は即日重版が決まるほどの人気。

『海が走るエンドロール』 (1) (ボニータコミックス) 

主人公は65歳の茅野うみ子さん。夫を亡くし、淡々とひとり暮らしをしています。

 

お昼のテレビに退屈さを覚えて、昔買った映画のビデオテープに視線を移しながら、うみ子さんは、大昔、夫との初デートで映画館に行った時のことを思い出します。

 


でも あの時 私は⋯⋯ 

昔の自分が感じていた「何か」を思い出しつつ、ビデオを観ようとしますが、ビデオデッキが壊れているようでテープが入らず、あきらめて買い物に出ることにしたうみ子さん。

すると、ご近所さんが身の上を案じて、「旦那さんの四十九日も過ぎたんでしょ? そろそろ趣味を見つけてさぁ」と、とフラダンスの習い事を持ちかけてきました。その誘いを振り切るために、映画館に思いつきで入ってしまいます。

 

映画館に入ってみると、20年くらい来ていなかったので、使ったことがない自動券売機や他の若い客にドキドキしっぱなし。それは、胸のときめきというより、不整脈っぽいドキドキ。慌てていると、入場時にボブカットの大学生くらいの男の子とぶつかってしまう始末。
座席に座ってもスクリーンから流れる大きな音が心臓に響く。

でも、映画がはじまると、若い頃と同じ「ある感覚」を思い出すのでした。

 

初デートの時、夫に笑いながら言われた言葉。

はは 座席ばかり気にして 変わってる

なんだか今日はあの人のことを思い出してばっかり。映画を観終わり出ようとすると、入場時にぶつかった男の子とまたぶつかってしまう。謝ると、「さっき」とその子は意外なことを言います。

 

客席を見たくなる感覚を「わかります」と共感してくれた彼は、映像専攻の美大生・海(カイ)でした。うみ子さんは、「映像科なら」と、壊れたビデオデッキを直してもらえないか頼み込み、図々しくも家に上がってもらうことにしたのでした。


ビデオデッキを海(カイ)に無事に修理してもらい、昔の映画のビデオを見ていると、また夫との思い出が蘇ってきます。

 


家で映画のビデオを再生していた時にも、映画を観ている夫を見ていた。
思い出に浸りながら、夫がもういない現実を感じていると、海(カイ)にあることを言われ、その瞬間、大きな「波」が立つのでした⋯⋯ 。


わたしはずっと映画を観るのが好きなのではなく、作りたかったんだ。
うみ子さんは自分の気持ちに気づきます。そして、映画を作ろうと決め、65歳という年齢ながらも美大に入学することを決めます。


これは、映画を「作る側」と「観る側」の違いを描いたストーリーなのです。同じ「映画が好き」でも、どこが違うのか? 「作る側」の人間はどんな感覚を持っているのか? どんな時に「波」が立つのか? を表現しています。

うみ子さんは海(カイ)に聞きます。

作る人と作らない人の境界線ってなんだろう

 

元々興味がない? 環境? 作りたくても作れない人もたくさんいる?
うみ子さんは、「あること」をするかしないか、が境界線なのだと海(カイ)に言いました。その言葉にはっとさせられます。

船を出すかどうか⋯⋯だと私は思う
その船が 最初からクルーザーの人やイカダの人もいて
それは年齢だったり 環境だったりで 変わるけど

誰でも船は出せる

本作は、主人公の心が動く瞬間がダイナミックな「波」で描かれ、こちら側にいる読者も主人公の感情に呑み込まれていくよう。絵と文字を読んでいるはずなのに、映画を観てるみたいな感覚に陥る演出。まさに映画のような漫画です。

自分の「海」を見つけ、65歳で美大に入り映画制作の勉強をはじめたうみ子さん。若い子たちに混じり、美大で奮闘する彼女の姿を見ると、自分の「海」を見つけ、「船を出す」ことは人生の後半になってもできるのだ、と感じるのです。


【漫画】『海が走るエンドロール』第1話を試し読み!
▼横にスワイプしてください▼

 

『海が走るエンドロール』
著 たらちねジョン

65歳を過ぎて夫に先立たれたうみ子。数十年ぶりに訪れた映画館で、ある美大生に出会い、自分は「映画を観る側」ではなく、「映画を撮る側」の人間だったことに気がつき、映画作りを志す。「これをやりたい」という自分の気持ちの海にダイブする彼女。Twitterで公開された第1話が反響を呼び、8月16日の1巻発売から即重版が決定した話題作。

作者プロフィール
たらちねジョン

『アザミの城の魔女』『グッドナイト、アイラブユー』が代表作。ミステリーボニータ(秋田書店)にて『海が走るエンドロール』を連載中。


構成/大槻由実子