言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
そこにはきっと、守りたいものがかくれているのだ。
これは人生のささやかな秘密と、その解放の物語。
第16話 推し活は突然に③
「わ、昨日最終回だった隼人くんのドラマ、もうBlu-ray Boxが出るの!? でも豪華限定版と通常版の値段が倍くらい違う……こ、これはどうしたら」
土曜日の朝、智美は誰もいないキッチンで朝食の支度をしながら、スマホを見て唸っていた。
推し活が始まって3か月。智美の毎日は、生き生きと色づいていた。なにせ、忙しい。これまで見逃していた秋野隼人の出演作チェック、雑誌やWEB記事を読み漁り、写真集とカレンダー、Blu-Ray を購入、エンドレスリピート。
目下の悩みは、彼が出演する映画のエキストラ募集を発見したものの、京都だったため応募するかどうかということ。いや、現実的には行けやしない。それでもここに応募して当選したら、また本物の隼人に会えると思うだけで、WEBで見つけた募集リンクがキラキラと発光して見える。重症だ。
「このBlu-ray豪華版の特典てなんだろう? ケースデザインとかポストカードだけならあきらめるけど、ディレクターズカットとかNG集とか入ってたり!? 2万5千円か…差額1万円以上……う、ううん」
「おはよう~NG集ってなんだ?」
息子の斗真があくびをしながらダイニングに入ってきた。とっさにスマホを裏返す。
「おっはよう! 今日もいい天気ねえ」
「え、雨だけど? ま、部活休みだ、ラッキー」
へへへ、と笑顔でごまかしながら、智美は急いで目玉焼きを焼き始めた。
夫と息子には、43歳にもなってアイドル俳優のことを寝ても覚めても考えてるなどということは絶対に隠さなくてはならない。気味が悪いうえにドン引きだろう。智美はこれまで、比較的落ち着いた知性派というキャラクターでやってきたのだ。自分でも熱しにくく冷めやすい性格だと思っていた。
しかしどうだろう、これまでのどの恋愛経験を照らし合わせてもまったく予想できなかった自分のキャラ変に、智美自身が一番驚いていた。
――隼人くん、カッコいいなあ。やっぱり豪華版だよね。私が買わないで誰が買うっていうのよ。
智美は目玉焼きの黄身がすっかり固まっても、ドキドキしながらいつまでもフライ返しでひっくり返し続けた。
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