「信者ビジネス」という言葉を聞いたことはありますか? 見るからに胡散臭さがプンプンする単語ですが、教祖のようなカリスマ的存在の人が、特別な施しや情報を与えることで信者のような熱心なファンを集め、対価を得るビジネスモデルのことを指します。実際には宗教でなくても、カリスマ的存在を信奉し、大金を投じるさまは、第三者から見れば妄信的に映るものです。小説現代で連載中の漫画「るなしい」は、“火神(かじん)の子”と呼ばれる女子高生・るなが主人公の、不穏な空気に包まれた異色作です。これがまた、一度読むとやめられず、独特の世界観がクセになる作品です。

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『るなしい』(1) (KCデラックス)


生まれながらにして“火神の子”は、いじめに遭っていた


人は生まれる時に、親や家庭環境を選ぶことができず、最近では自分の出生をくじに例える“親ガチャ”なんて言葉まで登場しています。「るなしい」の主人公で高校生の郷田るなは、「火神の医学 鍼灸院」を営む祖母と二人暮らし。幼い頃から“火神の子”として育てられ、彼氏を作ったり、セックスをしたりするのはもちろん、恋をすることも厳禁。処女を守り、その血を含ませた紙が入ったもぐさを使うと、お灸の効果が高まると言われています。

 

るなはメガネにソバカス顔で、垢抜けない印象。さらには怪しげな“火神の子”ということもあり、いじめやからかいの対象になっています。唯一の友人は隣の家に住み、同じクラスの男子・石川スバル。彼とは良好な関係を築いていました。

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そんなある日、クラスの人気者・成瀬健章(ケンショー)がるなの机の上にある筆箱を落としてしまったことから、彼と言葉を交わします。彼はるながからかいの対象になっていても意に介さず、るなの血の紙が入ったもぐさを見ても、笑ったりしませんでした。それどころか「便秘にも効果ある?」とるなに相談。るなはその場でケンショーのシャツをまくりあげて、ペンでお腹にあるツボに印をつけ、「おうちでお灸やってみてくださいね」と、もぐさを渡します。

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るなはクラスには居場所はありませんでしたが、スバルと一緒に所属している広報委員会のメンバーはるなのことを自然に受け入れ、るなもメンバーにお灸を施していました。スバルもその一人で、趣味の小説執筆に行き詰まった時は、るなにお灸を頼んでいました。

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るなのお灸はタダではない。「自己投資としたら安いものだよね」


ある日、ケンショーがるなに声をかけます。先日もらったもぐさでお灸をやってみたところ、便通がよくなったというのです。ケンショーはお腹が弱くて便秘と下痢を繰り返してしまい、アルバイトに行けない時もあり、困っていたのです。るなはその話を聞いて、放課後に広報委員会が集まる技術室でお灸をしてあげると提案します。そのやりとりを近くで聞いていたスバルは、自分だけが、るなにとっての唯一の理解者と思っていただけにどこか面白くなさそうです。

放課後、ケンショーは技術室に現れました。るなが「2千円かかるけどいい?」というと、お金がかかると思わなかったケンショーは思わず「は 金とるの?」と言ってしまいます。それを聞いていたスバルと広報委員会の仲間たちは「友達だからってタダでやってくれという奴は最低だ」とケンショーを非難します。

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当の本人のるなは、怒ってくれた仲間に感謝しつつ、神の子の血が入っていても、普通のモグサよりちょっと効果が高いくらい、と説明します。そして、「でもね その小さな差で 人生が大きく変わるかもしれない そのための自己投資としたら安いもんだよね」と言い放ちます。るなは生まれた時から“火神の子”という使命を与えられ、それに従って生きてきました。一方のケンショーは、家が貧しく苦労してきたのですが、そんな境遇を恨みたくない一心で生きてきました。いつかビジネスで大成功して大金持ちになるのが夢だったのです。お灸を施しながらそんな会話しているうちに、るなはケンショーへの恋心が芽生えます。

そこからるなは少しずつ変わっていきました。唯一の居場所だったはずの広報委員会には顔を出さなくなり、メガネをコンタクトレンズに変えてメイクを楽しむようになりました。恋する少女のわかりやすすぎる変化に、スバルはイラつきを覚えます。

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しかし、“火神の子”であるるなに恋することは許されていません。そのバチが当たったのか、るなは体調を崩してしまいます。自分は恋をしてはいけないと悟ったるなは、「恋をするのをやめる」と宣言。ケンショーへの恋心を捨てるために、彼を祖母と営む鍼灸院に招き、ビジネスで成功したいと夢見ているケンショーを「信者ビジネス」に取り込む決意をしたのです。

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“火神の子”るなと「信者ビジネス」の行く末は……


実は第1話の冒頭で、現在のるなの姿が描かれています。場所は拘置所で、弁護士から差し入れられた一冊の本をうれしそうに読んでいます。その本の著者は石川スバル。神の子として生まれた郷田るなの伝記でした。

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というわけで、“火神の子”るながケンショーを巻き込んで始まるビジネスの行方は、冒頭から悲劇になるであろうことが示唆されています。その一部始終を最も近い場所からスバルが観察し、それを書き留めています。読者もスバルたちと「信者ビジネス」の行く末を一緒に見ていくことになるのです。

るなと祖母は鍼灸院でお灸を施したり、もぐさを販売したりしていますが、かなり高額な金額設定です。それでも鍼灸院に通う患者はありがたがって惜しみなく払います。ケンショーはそれが不思議でなりませんでしたが、祖母は「うちで売っているのは自己実現」と説明します。ケンショーは体調がよくなり、勉強にも前向きに取り組もうと思うようになり、「自己実現」の効果を実感。ますまするなの言葉に耳を傾けるようになり、るなに「将来と言わず今!」と焚き付けられ、本気で「ビジネス」を興すことを考えはじめます。

るなはどこまで計算なのか、素でやっているのかはわからないのですが、ケンショーだけでなく、他の生徒の心の隙間に巧みに入っていくようになります。るなのことを下に見ていた生徒たちも、いつしかるなの言葉に真剣に耳を傾け、彼女に頼らずにはいられなくなっていきます。

相手に親身になり、寄り添っているようでいて、裏では冷静にビジネスとして割り切っているるな。そのビジネスが健全なものではないことは明らかで(そもそも学校内で、有料で何かをしている時点でだめなわけで……)、危うさ満点。物語では、「信者ビジネス」で人が誰かに傾倒して抜けられなくなってしまうリアルな様を目の当たりにすることになるので、思わず背筋が寒くなります。また、るなが“火神の子”として崇められるようになった裏には何かがありそうで、“火神の子”であることを受け入れているように見える、るな自身の本当の心の内が何なのかも気になります。

物語の冒頭で、るなの未来が開示されているだけに、ハッピーエンドにならないのは明らかで、ヤバさしかありません。不穏すぎて、不気味すぎて読むのをためらいそうになるのですが、行く末を見届けるまでは目が離せそうにないのも事実。本当に恐ろしいのは神でもカリスマでもなく、人間なんだな、と改めて思い知らされます。

 

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『るなしい』
意志強ナツ子 講談社

火神の子として生きる高校生、るな。かつて火神の子であり、鍼灸院を経営する祖母、「おばば」と一緒に暮らしている。鍼灸院では火神の子であるるなの血が入ったモグサを使い、「自己実現」を売っている。いわゆる信者ビジネスである。るなは「宗教の人」としてクラスでいじめられるが、唯一の理解者であるスバルとは良い友人関係を築いている。ある日、るながいじめられているところをクラスの人気者、ケンショーが助けてくれる。その出来事をきっかけにふたりは距離を縮め、るなはケンショーに恋をしてしまう。だが、神の子であるるなに恋は許されない。るなは、ケンショーを「ビジネス」に取り込むことを決意する。『アマゾネス・キス』『魔術師A』の奇才、意志強ナツ子、待望の最新作!何も考えず、とにかく読んでみてください。読めば必ず、気付かぬうちにるなの魅力に取り込まれていることでしょう。

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