「遺産相続」と聞いたら、どういう印象を持ちますか? 「うちには揉めるような財産がないから大丈夫!」と思っている人は少なくないようです。遺産相続は一部の富裕層の課題ではなく、むしろ財産が少ない方が揉めると言われています。にも関わらず、日本ではまだまだ遺す側も遺される側も、「相続」に対する意識が低いのが現状です。ところが、ある日突然、思いも寄らない出来事が起きるもの。病気や不慮の事故で亡くなった、認知症になって意思の疎通が図れなくなった、といった時に、相続について話ができていなかったらどうすればいいのでしょうか? 時既に遅しで、もう本人に思いを聞くことはできません。超高齢化社会の日本だからこそ、「遺産相続」は誰にとっても身近な問題であるはず。イブニングで連載中の『相続探偵』は、今までありそうでなかった相続をテーマにしたミステリー。人々のさまざまな思惑が交錯し、ドロドロした本音や欲も露わになる、読み応え抜群で「遺産相続」の勉強にもなる注目作です。
売れっ子ミステリ作家の通夜に現れた、謎の探偵。
相続専門を掲げる私立探偵・灰江七生(はいえ・なお)の姿あるところに、相続トラブルあり。ある日、彼はミステリ作家の大御所・今畠忍三郎(いまはた・にんざぶろう)の通夜会場にいました。ワイン好きの売れっ子作家なだけあって、通夜で振る舞われる料理は豪華で、ワインも極上の逸品。今畠が主宰していたワイン研究会で元カノともども世話になっていた灰江は、一人でワインを堪能していました。そんな彼に声をかけたのが、今畠の秘書・桜庭真一(さくらば・しんいち)でした。
灰江と話をしていた桜庭は、一人の横柄な態度の女性に呼びつけられます。彼女は今畠の長女・榊原市香(さかきばら・いちか)。今畠には三人の娘がいるのですが、市香は学生時代から遊びまくって3回も離婚し、その費用をすべて父に払わせていました。次女の跡見双葉(あとみ・ふたば)は、離婚後の生活費や子どもの教育費を父に負担させていたので、人のことを偉そうに言える立場ではありません。三女の今畠美樹(いまはた・みき)はパリ在住で、通夜に合わせて緊急帰国。音大の学費や留学費用を父に出してもらっているのはもちろんのこと、パリにマンションまで買ってもらい、30歳を過ぎても音大生を続けています。そんなことから、周囲の人たちから「ポンコツ三姉妹」と囁かれています。
“ビデオ遺言”で、遺産を当てにしていた三姉妹が大パニックに。
通夜の席でまだ弔問客も残っている中、三姉妹の最大の関心事は相続。人目もはばからずに相続の話をするので、桜庭は三姉妹に父が生前残した映像を見せることにします。
今畠は末期がんで先が長くないことをわかっており、遺言書を偽造されないよう、ビデオでもはっきり自分の遺志を記録していたのです。今畠が告げたのは、財産のすべてを秘書の桜庭に遺すというもの。一度も見舞いに来なかった三姉妹にはそれぞれ充分な財産を生前贈与しているため、遺産はないというのです。当然のことながら、パニックになる三姉妹。
今畠の遺言ビデオと、三姉妹の慌てふためく様子をスマートフォンで撮影していたのが、先ほどまでワインを飲みまくっていた灰江。彼が“相続探偵”であることを知った三姉妹は、映像に不自然な点がないかを問い詰めます。灰江が指摘したのは、今畠の目線。右上から徐々に右下に目線が下がっていることから、カメラの横にカンニングペーパーらしきものがあり、それを読まされているのではないかと話します。
遺産のすべてが桜庭のものになるという遺言に納得できない三姉妹は、桜庭が今畠に無理やり読ませたのではないかと責め立てます。しかし、桜庭は、今畠が「読み間違えないようにカンペを持ってろ」と指示をされただけと主張します。そんな様子を眺めていた灰江は、「いやー大変ですねえ 遺産相続は。“争族”というぐらい猫も杓子も揉める」と意味深な言葉を言い残して、会場を後にします。
相続探偵・灰江、ミステリ作家の遺志を調査開始!
事務所に戻った灰江は、誰かに依頼されたわけでもないのに、ワイン研究会で世話になった今畠のために動き始めます。灰江には、元医学生で機動力のある助手・三富令子(みとみ・れいこ)と、元警視庁科捜研のエース研究員・朝永(ともなが)という心強い仲間がいて、彼らも行動を開始。全財産を秘書に譲るというビデオ遺言は、本当に今畠の遺志なのか? 灰江は、今畠がミステリ作家らしく、このビデオ遺言を通して本当に遺したかった思いを嗅ぎつけたようです。
とにかく、元弁護士でありながら今は“相続探偵”を名乗る灰江をはじめとした各キャラクターが多彩で生き生きとしていて魅力的! ストーリー展開のテンポの良さ、遺産を目の前にして本性を剥き出しにする人間の生々しさ、巧みに張られた伏線回収の小気味よさ、鮮やかな逆転劇の爽快感と、さまざまな要素がてんこ盛り。さらには、相続問題に関する知識まで学べてしまうというおまけつきです(単行本の巻末では、「遺言書の正しい書き方」などを解説)。
財産の多寡に関係なく、「相続」には誰もが直面することになります。また、「家族なんだし、話し合いでなんとかなる」と思う人もいるかもしれませんが、小さい頃は一緒に暮らしていた兄弟といえど、大人になって独立してしまえば、別々の人生を歩み、それぞれの事情を抱える人間なわけで、むしろ血がつながっているからこそ、さまざまな感情が複雑に絡み合って“争族”状態に陥ってしまうもの。
本作では、そんな人間ドラマを極上のミステリー&エンターテインメントに昇華させていて、誰もがドキリとさせられます。でも、本当に大切にすべきは、さまざまな思いを胸に秘めたままこの世を去った故人の遺志。本来、遺産や遺言には、故人の最後のメッセージが込められているものなのです。灰江は、その名のようにハイエナのような嗅覚で遺産相続の揉め事に首を突っ込み、鮮やかに解決していく探偵ですが、一方で、誰よりも故人の思いを尊重し、全うさせたいという信念の持ち主でもあります。
自分は巻き込まれたくないけど、人の揉め事は気になってしまうもの。でも、「遺産相続」に関しては、自分もいつかは巻き込まれる可能性大! もしもの時に備えて、今から読んでおくべし! しかも面白さはお墨付き! という良作です。
『相続探偵』
原作:西荻弓絵、漫画:幾多羊 講談社
――その遺産、泣かせません
人の数だけ相続があり、相続の数だけ事件がある――高齢化社会となった日本は、まさに大“争族”時代!
今日もまた大御所作家の葬儀の場で、遺産をめぐる熾烈な“争族”が始まった。
そんなきな臭い匂いにつられてやってきた一人の男、名は灰江七生。
相続にまつわるトラブル専門の探偵だという灰江は、ハイエナの如き嗅覚で、作家が遺した“ビデオ遺言”の秘密を暴き出す――!
世に蔓延る相続トラブルを極上ミステリに昇華した意欲作、ついに開幕!
作者プロフィール
西荻弓絵(原作) にしおぎゆみえ
『ケイゾク』『SPEC』『民王』『妖怪シェアハウス』など、数々の大ヒットドラマの脚本を手がける。漫画原作は『天を射る』(小学館)に続き今回が2作目。
幾田羊(漫画) いくたよう
イブニング新人賞準大賞を受賞後、短期連載『四月一日のエマ』(原作:リチャード・ウー)、読み切り『喫茶ホームズ』などを掲載。本作で連載デビュー。
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