自分とは別の力に突き動かされ、1ヵ月で書き上げた


──『わたぶんぶん わたしの「料理沖縄物語」』(以下、本書)では心にしみる料理との出会いを、魅力的な人々とのエピソードと絡めながら詳細に書かれていますが、普段から記録をつけられていたのですか?

そんなことは一切なくて、記憶だけを頼りに一気に書き上げました。といっても年がら年中、お酒の席などで語っていた話ばかりだったので、思い出すことには苦労しませんでした。私自身は大した話だとは思っていなかったのですが、いざ出版されたら「すごい!」と言ってくださる方が結構いて驚きましたね。「壺屋のおばちゃん」のエピソードなんかは特に反響がありました。

──新宿にあった沖縄料理屋「壺屋」に初めて入ったら、店主が与那原さんの亡くなったお母様を沖縄にいたころからよく知っていた、というエピソードですね。そうやって不思議な縁でつながった人々の思いもよらない行動が、読んでいてすごく面白かったです。

狙って面白おかしく書いたわけではなく、本当にありのままをつづったんです。ただ、執筆中はどこか神がかっていて、自分とは別の力に突き動かされている感覚でしたね。遅筆の私としては珍しくスラスラと筆が進み、たった1ヵ月で書き終えましたから。この本を書いた2010年時点では沖縄の文化や料理のことが世間一般によく知られていましたので、詳細な説明を加える必要がなかったのも大きかったでしょうね。

カビが生えた菓子パンが恋しい!? 沖縄で出会った食と人


──確かに。例えば「ゴーヤー」といえば今でこそほとんどの日本人が味や形を連想できると思いますが、1990年代までは全国的な知名度は低かったですよね。ところで、与那原さんにとって特に思い入れのある沖縄料理はありますか?

本書で紹介した料理はどれも思い入れがありますが、強いて挙げるなら「ゆし豆腐」ですね。沖縄に行くたびに、スーパーマーケットでできたてのゆし豆腐を買って食べていましたから。あとは、那覇のマチヤグヮー(沖縄の言葉で日用雑貨店のこと。昔ながらのコンビニ的存在)で刺身を買って、近くの公園で食べるのも好きでした。今はどちらも衛生管理上の問題でできなくなってしまいましたけど。そういう意味では、カビが生えた菓子パンももう一度食べてみたいですね。「おばー、これカビついてるよー」と店番のおばあちゃんに注意したら、「(カビの部分だけ)取って食べたらいいさ」と言われて(笑)。今となっては、そんなやり取りがすごく恋しいです。

沖縄の定番料理の一つ「ゆし豆腐」(イメージです)

──沖縄のおばーには勝てないですよね(笑)。それにしても、食べ物の好みって味だけではなく、食べたときの状況も大きく影響するんですね。本書はもちろんですが、今のお話からもそのことを強く感じました。

食べ物と人の記憶はセットですよね。私は沖縄にルーツがあるので沖縄料理のことを書きましたが、どの地域のどんな人にも、人の記憶と共に心に残っている料理があると思います。料理って基本的には人間が作るし、誰かと一緒に食べるわけだし、当然といえば当然ですよね。私が本書を通して伝えたかったのは、料理を通じて人との思い出を大切にしてほしい、ということだったのかもしれません。文庫の表紙の絵は私の希望で奈良美智さんの作品にしていただきました。満ち足りた表情の少女が私の気持ちを伝えてくださっていると思います。