「どうしてにんげんはまいにちごはんをたべるの」
「どうしてにんげんはよるにはねないといけないの」
「どうしてにんげんはネコよりえらいとわかるの」
もし、あなたがこんな質問をされたらどう答えますか? これは小さな子供ではなく、記憶を失った青年が、母親に投げかけた質問です。「どうして」は次から次へと溢れてきます。柚希礼音さんは、「確かになぜだろうと。ひとつひとつが新鮮で、気づきがたくさんありました」と話しはじめました。

 

夢中で生きた時に自分の色になる


草木染作家の坪倉優介さんが、ご自身の体験を綴った手記「記憶喪失になったぼくが見た世界」(朝日文庫)をベースに舞台化した、新作オリジナルミュージカル『COLOR』が誕生します。登場人物は、“ぼく”と、“母”、“大切な人たち”の3名のみ。柚希さんは“母”を演じます。最初に著書を読んで、こんなことが起こるのかと驚いたといいます。

「記憶喪失は記憶がなくなることだと思っていましたが、人として生きることに関する全てがわからなくなるということが起きて、どうなったのだろうと、あっという間に読みました。読み終わると、自分の身の回りにある、ささいな幸せを感じるようになって。さらに稽古をするにつれ、それが立体的に浮き彫りになってきたんです」

坪倉さんは、大学生のときに交通事故で記憶喪失になり、これまでの経験などの具体的な記憶だけでなく、人間が生きていくうえで必要な日常生活のすべての記憶を無くしてしまいました。

「坪倉さんとは、ご家族とご一緒に稽古場に来てくださった時にお会いしたのですが、目がキラキラしていて、泣いたり笑ったりしながら夢中で稽古を見ていらっしゃいました。当初は30分程滞在のご予定でしたが、『もっと最後まで見たい』と、おひとりで残られて。普段から夢中でひとつのことだけに没頭して、何日間も食べていなかったり、寝ることも忘れていたりするそうです。また稽古場にあったチョコレートを1つ召し上がった際に、『これは甘さがありながら塩味もある』とおっしゃっていて。

すべてが発見で、楽しくてたまらないのだなと思いますが、こんなふうに一つ一つに丁寧に向き合っていたらきっと楽しいだろうなと。坪倉さんは『今』を生きていらっしゃるんですよね。今回の作品も、そんな風に生きたいと思う作品になっていると感じました。『今を生きる』とよく言われますが、実際にできている人にはなかなか会わないですからね。刺激的で、新しすぎて、すべてが心に突き刺さりました」

まさに「今」この作品に出会えたことを、柚希さんはどう感じているのでしょうか。

「今は、いろいろなことを私に教えてくれているタイミングだと感じています。社会で生きていると、良い悪いで判断をしたり、人に良いと思われるかどうかを考えてしまいますが、坪倉さんは『良い悪いではなく、僕が感動するかどうか』だとおっしゃっていて、本当にその通りだなと。『人にどう思われてもどうでもいい』という言葉をまっすぐに聞くと、私もそうやって生きてみたいと思います。『COLOR』という公演名がしっくりきますね。人と全然違ってもいいから、自分が感動して好きだと思うことをしながら、夢中で生きたときに、自分の色に染めようではなく、自分の色になっていく。ずっと忘れずに生きていこうと思います」

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