誰もが抱えるささやかな「嘘」にまつわる、オムニバス・ストーリー。 

これまでの話早穂子(52)は生まれも育ちも港区白金台。商社マンの夫・陽一(55)と結婚してからは、専業主婦として自慢の1人息子の光輝(27)をサポートしてきた。その光輝が連れてきた彼女・桃田真凛(23)は妊娠しており、スピード結婚をするというが、早穂子は真凛の育ちを察して反対する。しかし病気の時に垣間見えた真凛の素直な反応に少しずつ態度は軟化。そんな時、光輝から「しばらく真凛と実家で暮らしたい」ととんでもない提案が……? 
 


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意外すぎる同居の申し出

 

「光輝……! うちで真凛さんと一緒に暮らしたいなんて、どういう風の吹き回しなの? あなた、恵比寿のマンション借りるとき、どんなに引き止めても自立のためって出ていったのに」

次の日、仕事を終えた光輝が19時に早穂子の家にやってくるや否や、お茶も夕飯も出さずに詰め寄った。

「まあまあ、落ち着いて。相談だからさ、もちろん断ってくれていいんだ。真凛は流産を免れたけど、できるだけ仕事は在宅を勧められて。でも、アトリエに週2、3日は行かないとならないし、通勤するならばこの家のほうがアクセスがいいんだ」

「それならば、恵比寿のあなたのマンションに2人で住めばいいんじゃないの? 真凛さんだってそのほうが気楽なんじゃ……」

「真凛、仕事に夢中になると寝食をおろそかにするところがあって。心配なんだよ。ここだったら、僕が使っていた部屋も、広い書斎もあるだろ? 在宅の日も、昼間はお母さんがいて僕も真凛も安心なんだよ。食事だって美味しくて栄養満点」

「私は家政婦じゃないのよ」

早穂子が眉をひそめるが、主婦としてのスキルを褒められているようで、悪い気はしない。何より、真凛本人がそう思っているのだとしたら、可愛いところがあるものだ。やはりそう悪い子ではないらしい。

「今はさ、まだ妊娠中期だけど、臨月になっても真凛には帰る実家がない。お産を無事に乗り切るまで、お母さんの力を借りたいんだ。

そう考えると、どうせなら少し早く一緒に住んだほうが何かと安心かなって。大丈夫、ずっと居座ったりしないよ。真凛のアパートがもうすぐ更新だからそこは引き払うけども、新生児期が終わったら、3人で住める家を探すから」

早穂子はふうむ、と考え込んで、光輝の顔を見た。