「生物多様性」という言葉を聞いたことはありますか? 地球上の生き物はさまざまな環境に適応して進化し、多彩な生き物が誕生しました。一方で絶滅してしまったものもあります。これらは人間も含めて直接、もしくは間接的に支え合って生き、調和しています。BE・LOVEで連載中の『なないろ探訪記』は、女子中学生が亡き父の足跡を追う過程で絶滅危惧種の通称ペタキン(ニッポンバラタナゴ)という淡水魚や生き物を研究する大学生たちと出会い、少女の成長や人と自然との関わりを描いた物語です。「生物多様性」とは何かについても考えることができる作品です。


居場所がない少女がすがったのは、父の遺した手帳。


神戸に住む女子中学生・樫原カナは、中学校に行かず、自分で髪を金髪に染めてしまった少女です。父は3歳の頃に家を出たため、車を運転する後ろ姿しか記憶にありません。そんな父は音信不通のまま、亡くなってしまいました。母との折り合いが悪く、家にも学校にも居場所がないカナは、父が遺した手帳に記された文章が心に残ります。

 

「ある研究者によると 
とうにこの地では絶滅したといわれたその生き物は
暗いヘドロで溜まった水の中で未だ命の光を放っていた
――あの色が頭から離れない
それは暗澹たる日々にさす一筋の光であった
僕は完全に魅了された――」

 

父はかつて奈良県にある日ノ郷大学農学部に在籍し、淡水魚の研究をしていました。カナは手帳を手がかりに、神戸から家出をして一人で奈良にたどり着きます。父の手帳にあった池で父を魅了した魚を探している時に、一人の大学生と出会います。彼は日ノ郷大学農学部3回生の浅葉レイ。関係者以外立ち入り禁止の場所でカナが池を漁っていたので、慌てて彼女を止めます。

カナはレイに「ここに珍しい生き物おるんやろ つかまえて見してくれへん?」とせがみますが、その魚はもうこの池には生息していません。それでも諦めきれないカナは、ペタキンを見せてくれないと、関係者以外には存在が知られていないこの池の場所をネットでバラすとレイを脅します。

 

追い詰められたレイはやむなくカナを大学に連れていくことに。そして、バスの中で、手帳に書かれた魚は“ペタキン”という呼び名で、本来の野生の生息地から絶滅してしまう前にペタキンを採取し、大学で繁殖させていることをカナに伝えます。池は環境が悪化してしまい、ペタキンが生息できなくなってしまったものの、いつの日かペタキンを池に戻せるよう、人間を立ち入り禁止にして環境を整備しているところだったのです。

大学に到着したレイは、構内にカナを招き入れていいか確認しに行ったため、カナは一人で待つことに。その隙にカナは勝手に校舎内に入り、研究室を歩き回ってペタキンを探し回ります。カナがその時、手にしていたのは消毒用エタノール。カナはただペタキンを見たいだけでなく、殺してしまおうと考えていたのでした。

 

どれがペタキンかわからなかったカナは手当り次第に水槽に消毒用エタノールを入れようとしますが、寸前でその研究室の鴻埜(こうの)先生に見つかって阻止されてしまいます。カナは鴻野先生に檜前渡(ひのくまわたる)という父の名前を告げ、父を魅了した魚を殺そうとしたと言い放ちます。

 

それを聞いた鴻埜先生はカナを叱ることはせず、大学の近くにある溜め池につれていきます。そこで、ペタキンはかつて田んぼ用の水を貯める溜め池で生息していたこと、農業で溜め池が使われる機会が減って水質が悪化し、人が溜め池にアメリカザリガニなどの外来種を持ち込んだことによってペタキンが絶滅してしまったことをカナに伝えます。


ペタキンはなぜ存在し、なぜ消えたのか? それを知る意味とは。


小さな魚がどんな経緯でその池に存在し、そしていなくなってしまったのか。そんなことは誰も知らないし、あえて考えることもないかもしれません。でも、生物学者として「誰にも気付かれず 知られずに消えていく命を放ってはおけない」と鴻埜先生は語ります。

 

カナが、自分を置いて出ていき、一人で亡くなった父と重ね合わせていたその時、「いました!!」というレイの声が溜め池に響き渡ります。小さな水槽に移されたペタキンは奈良での昔からの呼び名で、正式名称は“ニッポンバラタナゴ”。ペタキンには繁殖期はオスだけ虹色に変化し、繁殖時には二枚貝の中に卵を産むという特徴があります。その二枚貝もまた、子孫を残すために他の小魚を利用しているというのです。

 

つまり、ペタキンが生息できる環境を作るということは、ただ単に池をきれいにすればいいだけではなく、支え合って生きている他の生き物も守ってはじめて生態系を取り戻すことになる。鴻埜先生はそうカナに教えてくれました。

鴻埜先生やレイが研究について教えてくれたことが、頑なだったカナの心に小さな明かりを灯したのか、カナは父の研究対象だったと思われるペタキンを知ることを通して、父のことを知ってみたいと思うようになるのです。

母に黙って家出をし、レイを脅したり、勝手に研究室に入ったりと、カナの素行や言動ははっきり言って良くはありません。もちろんカナなりに言葉にできない何かを抱えていて、それを自分でも持て余しているからこそ、周囲への勝手な振る舞いや暴言につながっているのかもしれません。

それでも、レイや鴻埜先生をはじめとした日ノ郷大学の面々はペタキンに興味を示すカナを受け入れてくれ、惜しみなく研究のことを教えてくれます。そのことがカナの気持ちを少しずつほぐしていきます。また、一方のレイも自然と生き物が大好きで大学に入ったものの、生き物が好きであるがゆえに、時には生態系を守るために外来種を殺さなければいけないことに苦しみを抱えていました。でも、ペタキンに興味を持つカナとの交流を通して、少しずつ研究と向き合うようになります。

作者の日生マユ先生は、何度も奈良に足を運び、ペタキンを実際に保護、研究している近畿大学農学部環境管理学科の北川忠生教授と研究室に取材をしてこの作品を描いています。それだけに、日ノ郷大学での研究活動やペタキンの生態についてとてもリアルで、研究の重要性や生物多様性のありかたについても理解を深めることができます。

奈良の豊かな自然と、少女の成長が丁寧に描かれた本作は、9月13日に3巻が発売されたばかり。虹色に輝くペタキンのように魅力的な作品です。
 

 

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『なないろ探訪記』
日生マユ 講談社

生き物への愛を胸に、農学部で学ぶ男子大学生・レイ。「真実」を求めて、ひとりさまよう女子中学生のカナ。孤独なふたりを結ぶのは絶滅危惧種の「ニッポンバラタナゴ」という淡水魚で――…。 古都・奈良を舞台に織りなす、珠玉のヒューマンドラマ。