かつては「落語は男のやるもの」と言われ、落語家=男性、という風潮がありました。しかし、少しずつ落語家を目指す女性は増えていて、2022年現在では50人を超えているそうです。good!アフタヌーンで連載中の『うちの師匠はしっぽがない』は、大正時代を舞台にした、人気女性落語家と彼女に憧れる弟子の少女の物語。でも、彼女たちには大きな秘密がありまして……。


人を化かすのは時代遅れ。大都会・大阪で打ちひしがれる豆狸。


時は大正時代。淡路に住む豆狸(まめだぬき)一族の少女・まめだは、長老から大都会・大阪へのおつかいを頼まれます。好奇心が旺盛だけど、ちょっと抜けたところもあるまめだは、おつかいに行く前から一族に心配されています。

 

やっとのことでたどり着いた大阪は、想像以上ににぎやかで華やかな場所。まめだもワクワクした気持ちが抑えられません。長老にはおつかいを済ませたら寄り道せずに帰るようにと言われていましたが、はなからそんなことを守るつもりがないまめだ。早速、人間の女の子に姿を変えたまめだには、どうしてもやってみたかったことがあるのです。それは人間を化かしてやるということ。しかし、そう甘くはなく、すぐに狸の仕業だと見抜かれて、まめだの思うようにはなりません。

 

落ち込んでいるまめだのところに、ふわりと飛んできた女物の帽子。ふと見上げると、若い女性が落としたもののようでした。まめだは性懲りもせず彼女を騙そうとしますが、「豆狸がウチ 化かそうなんて百年早いわ」と正体まで言い当てられて手も足も出ませんでした。

 

江戸の世なら、狸が上手に人間を化かせたのかもしれませんが、時代は移り変わり、狸の術が通じる時代は終わっていたのです。人間を化かし続けていた父のように自分もいつか……、と夢見ていたまめだでしたが、厳しい現実に直面して落ち込んでしまうのでした。

 


大入り満員の寄席でまめだが見たものは……?


そんな時、多くの人でにぎわう場所が目に留まります。そこは寄席で、この日の主任(最後を任される出演者、トリ)は人気落語家の大黒亭文狐(だいこくていぶんこ)とあって、いつも以上に多くの人が詰めかけていたのです。持ち前の好奇心から寄席に潜り込んだまめだは、高座に上がった文狐を見て驚きます。それは、さきほど橋の上でまめだを豆狸とひと目で見抜いた女性だったからです。

 

一人で何役も演じ分けながら物語を進めていく落語。はじめは「くだらねえ」と斜に構えていたまめだですが、次第に文狐の語りに引き込まれていきます。関西で演じられる“上方落語”は、三味線や笛、太鼓などの「ハメモノ(鳴り物)」が入るのが特徴の一つ。物語がヤマ場を迎えるにつれ、ハメモノの陽気な演出も相まって、寄席全体がどんどん盛り上がっていきます。

 

まめだも文狐の噺にどっぷり浸かり、笑い、すっかり骨抜き状態に。人間を化かそうと思っていた豆狸が、逆に落語によって完全に化かされてしまっていたのです。人間の姿を保ち続けるのも忘れて、豆狸の姿に戻ってしまっていたまめだは、気がつくと人間たちに囲まれていました。彼らは日中、まめだにいたずらされた人たちで、まめだをとっ捕まえようとしていたのです。

 

慌てて逃げるまめだ。通天閣の上から逃げおおせるつもりが、当てが外れて真っ逆さまに墜落する羽目に。もうだめだ! と思った瞬間に助けてくれたのが、あの文狐でした。

 

実は、文狐の正体は狐の妖怪。まめだは、自分よりもはるかに上手に化けるだけの術があるのに、なぜ落語家になっているのかが気になって仕方がありません。人間の世界で文明開化が進むほど、妖(あやかし)である狐や狸は居場所を失いつつありました。それでも文狐は人間と化かしあいをしてやりたいという気持ちから、落語家になったというのです。そんな文狐の気持ちに触れ、まめだの心は定まります。それは、文狐に弟子入りして、自分も落語家になるということ。果たしてまめだが話芸を身につけて、人間たちを見事化かしてみせることができるのか? 今日のところはここまでということで――。


粋で派手な上方落語の魅力を新発見!


人を化かす術を持つ狐や狸が落語家になりきって、人々を笑いあり、涙ありの噺の世界に引き込むという本作は、“大正上方落語ファンタジー”という独特の世界観を持っています。人を化かす変身術をうまく使いこなせず、一族の狸からは「時代遅れ」と笑われ続けてきたまめだは、文狐のもとに押しかけて落語という“術”をなんとか自分のモノにしたいと熱望します。その熱意に動かされた文狐は、まめだの弟子入りを認めることに。

読み手も落語家修行中のまめだを通して、寄席の仕組みや弟子の仕事ぶり、見台(小さな机)や小拍子(小さな拍子木)を使う上方落語の特徴や、高座にかかる噺(演目)について知ることができます。単行本には解説ページもあり、より理解が深まります。

落語を題材とした漫画といえば、アニメやドラマにもなった「昭和元禄落語心中」(雲田はるこ)が有名ですが、こちらが描いているのは江戸の古典落語。本作は上方落語を描いているので、上方ならではの賑やかさや粋、リズミカルな関西弁など、江戸ものとは違った魅力を発見できるはず。

9月末からはアニメもスタートし、10月7日には最新9巻も発売したばかり。「笑う門には たぬきたる!」というわけで、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!

 

【漫画】『うちの師匠はしっぽがない』第1話試し読み!
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『うちの師匠はしっぽがない』
TNSK 講談社

笑う門にはたぬきたる⁉ 狸少女と美人師匠の大正落語ファンタジー!

いつか人間を化かしてみたいと夢見る、豆狸の女の子・まめだ。 少女に化けて大都会・大阪に繰り出し、黒髪の美女を化かそうとするが一目で見破られてしまう……! 落ち込むまめだに容赦なく「里に帰れ」と言い放った美女は、自分を「落語家」だと名乗り……? 笑うかどには、たぬきたる。読むと笑顔になる大正落語ファンタジー、ここに開演!


<作家プロフィール>
TNSK てぃーえぬえすけー

大阪府出身。イラストレーター、漫画家。これまでの漫画連載作品に『時ドキ荘』(電撃コミックスEX)、『あいどるスマッシュ!』(サイコミ)などがある。 2019年1月より月刊「good!アフタヌーン」にて『うちの師匠はしっぽがない』連載スタート!