人は多かれ少なかれ、何らかの秘密を抱えているもの。中には誰にも言えずに、心の奥底にしまい込んだ秘密もあるかもしれません。墓場まで持っていく人もいるでしょうし、抱えている秘密がじわじわと重みを増してきて、吐き出したくなる人もいるでしょう。あなたならどうしますか?
女性セブンで連載中の『王様の耳』(小学館)は、秘密に値段を付けて買い取ってくれるバーを舞台にした物語。今宵、とあるビルの地下へと続く階段を降り、そっとドアを開けてみましょう――。


とあるバーのアルバイト募集。唯一の条件は「秘密厳守」


求職中の青年・柴健斗(しばけんと、通称シバケン)が見つけたのは、とあるバーの求人広告。職種はアシスタント業務で、経験、年齢、性別不問。条件は「秘密厳守」とあります。なのに時給は2000円からと結構いい。見るからに怪しいと思いつつ、面接を受けに行くことに。

 

営業前の店内はいたって普通のバー。オーナーの鳳麟太郎(おおとりりんたろう)はオールバックの髪型にスーツ姿が似合う、大人の色香を漂わせた渋い男性なのですが、「最近少し疲れ気味でね」と、カウンター内側の床で寝ていたところを見ると、どこか変。

一瞬、死んでいるのかと焦ったシバケンですが、鳳に今日から入れるかと聞かれて、「あ はい」と答えたら即採用と告げられます。まだ名前すら名乗っていないのに、と戸惑うシバケンに、鳳は、「聞いたところで なんとでも言えるだろう?」と。確かに。鳳は、それでも訝しがるシバケンに対して、「君からは秘密の匂いがしないからね」と一言。鳳曰く、その匂いは彼にとってはとても甘美なものとのこと。そして、シバケンに、このバーでは秘密を買い取っていると話します。

バーテンダーの経験がなくても構わない。掃除や接客をしてくれればいい。完璧でなくてもそれっぽくできればいい。鳳の出す条件はかなり緩やかなものでした。ただ、一つだけ重要なルールがありました。それは、求人広告にも記されていた通り、「秘密厳守」であること。

 

早速、鳳とカウンターに立つことになったシバケン。女性の一人客が現れ、「ガイダロス」というカクテルを注文します。これが合言葉となっており、鳳は彼女を奥の部屋へと案内します。そこで客は誰にも言えない秘密を語り、買い取ってもらうのです。

 

合言葉は「ガイダロス」。あなたの秘密を買い取ります。


「ガイダロス」とは、ギリシャ語でロバのこと。バーの名前が「王様の耳」とくればイソップ寓話のあれです。ある髪結が王様の髪を切りに行ったところ、王様の耳がロバの耳であることを知ってしまいます。王様に口止めされますが、誰にも言えない苦しさから森の中で穴を掘って、その中に向かって「王様の耳はロバの耳!」と叫びます。ところが、そのことが人々の知るところになる――、というお話です。人は「絶対言わないで!」と言われると、誰かに喋りたくなるもの。一見、どこにでもあるバーのように見えるこの店も、秘密を抱えた人たちが噂を聞きつけて足を運ぶというのです。

 

素直で裏表がなく、まさに“柴犬”のようなシバケンは、この風変わりなバーとオーナーに戸惑いつつも、すぐに馴染んでいきます。料理が得意なので、彼が作るまかないカレーが客の評判を呼んだりもします。

一方で、謎多き鳳が、どうやって秘密を買い取っているのかが少しずつ明らかになっていきます。謎のカクテル「ガイダロス」を頼んだ客は奥の部屋に案内され、鳳から買い取りの説明を受けます。それは、

・まだ誰にも告げたことのない秘密であること
・あなた自身に関わる秘密であること
・このバーのことは決して口外しないこと

そして、もう一つ、最も重要な条件があります。

・ここで話したことは今後二度と口にできなくなる

ブランド物のバッグや時計と違って、秘密を差し出したところで、その人の記憶から秘密が消えるわけではありません。ただし、買い取ってもらった以上、その秘密を誰にも打ち明けられなくなるというのです。

しかしなぜ、鳳は秘密を買い取っているのでしょうか。客が秘密を語る時、その秘密は実験装置のような採取器によって液体になっていきます。もし、客が嘘をついていたら、それは秘密ではないので液体は溜まりません。また、秘密の内容によって、その液体の味や香りも異なる様子。鳳はこれを糧にして生きながらえています。年齢不詳で、どこか吸血鬼のような雰囲気を漂わせる鳳は、人ならざるもののようです。

ここでこんなに “秘密”をネタバレしてもいいの? と思われるかもしれませんが、これらのことは、新人バイトのシバケンも働き始めてすぐに知るような内容なので、“秘密”としてはまだまだ序の口。1巻では、夜な夜な客がバーを訪れ、鳳に秘密を語っていく連作短編集のような感じで物語が進んでいきます。鳳がお情けで交通費程度に、と500円しか値がつかなかったような秘密から、人の生死にかかわる秘密まで、さまざまなエピソードが語られます。その秘密に耳を傾けることができるのは、鳳と私たち読み手だけ。


他人の秘密はどんな味? 口から出たものは取り戻せない。


バーが舞台ということもあり、大人の雰囲気満載で敷居が高そうな物語に見えるかもしれませんが、笑いの要素も散りばめられています。オーナーの鳳を筆頭に、バーの常連で、「とっておきの話を」と言いつつ、嘘ばかり語る人気キャスター・滝口あかりなど、登場人物は一癖も二癖もある人ばかりで、彼らと素直な好青年であるシバケンとのやりとりはいつもコミカル。

しかし、この作品がぐっと凄みを増すのは単行本2巻から。冒頭に登場するのは、ホストにハマってしまったOLの秘密なのですが、ここから物語が動き始めます。ミステリアスな雰囲気にサスペンスの要素が相まって、謎は深まるばかり。2巻の最後には大きな秘密が示唆されるのですが、さすがにここでお話することは憚られるので、ぜひご自身で確かめてみて。

「誰にも言わないで」「ここだけの話なんだけど」「二人だけの秘密ね」――、などというように、私たちの身の回りには、さまざまな秘密が潜んでいます。もしも、誰にも言えない秘密が抱えきれなくなった時、あなたならどうしますか? あの鳳の涼し気な目でじっと見据えられたら、ゾクゾクするような色気も相まって、そして自分が楽になりたい一心で口を開いてしまいそうです。それがどんな結果を招くかも知らずに。

いつも優しくて人当たりのいい人が、実は過去に人を裏切ったことがあるかもしれない。ひとつ屋根の下で暮らす家族が、全く異なる顔を持っているかもしれない。秘密というベールがあるからこそ、人のことはそう簡単にわからないもの。人ならざる鳳からすれば、それがたまらなく甘美なものに映るのでしょう。

今回は特別に、2週間の期間限定で1巻から1〜3杯目と、2巻から12杯目の秘密を大公開。12杯目は、とある夫婦の物語です。テイスティングでお気に召したら、ぜひ紙の単行本をお手にとってみて。フィルム素材でできたカバーがかけられていて、透明な窓越しに鳳が不敵な笑みを浮かべています。これは絶対装丁買いです(もちろん、中身も含めて!)。

 

【漫画】『王様の耳 ―秘密のバーへようこそ―』1話を試し読み!
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『王様の耳 ―秘密のバーへようこそ―』
えすとえむ 小学館

最注目作家が描く甘美で数奇な秘密の物語!

大ヒットコミックス『いいね!光源氏くん』作者が贈る、秘密を買い取るバーを舞台に、人間の深淵を覗く待望の最新シリーズがスタート!

人に言えない秘密はあるかい? 
そんな時は僕のところへ
そしてこっそり打ち明けてくれ――
どんな秘密にも値段を付けて買い取るバー「王様の耳」には
夜毎、事情を抱えた客が訪れ、謎の店主・鳳麟太郎にこう囁く。
「ガイダロス」。
曰くありげなカクテルの名前を告げた客は奥の部屋に通されて……
斯くして今夜も甘美で数奇な物語が始まる。

『女性セブン』で大反響連載中の『王様の耳』がついに単行本化!


<作家プロフィール>
えすとえむ

2006年『ショーが跳ねたら逢いましょう』でデビュー。作品に「このマンガがすごい!2012」のオンナ編第3位に選ばれた『うどんの女』や『IPPO』『Golondrinaーゴロンドリーナー』『いいね!光源氏くん』『CITY HUNTER外伝 伊集院隼人氏の平穏ならざる日常』など。現在、『女性セブン』で本作を連載中。