このケーキを三等分してください、という問いに予想外の回答をする非行少年たちの背景と現状を描いた新書『ケーキの切れない非行少年たち』。2019年の7月に刊行されベストセラーになったので、このタイトルを知っている方も多いでしょう。本作はコミカライズされ、現在5巻まで発売されています。
少年院の精神科医・六麦先生は「入院」している少年たちの診察をしています。この少年院は「第一種 支援教育課程I」に相当し、「知的障害またはその疑いのある者及び、これに準じた者で処遇上の配慮を要する非行少年たちが収容」されています。彼らはいわば「非行少年たちのエリート中のエリート」。その一人、栗本くんも「ケーキを三等分に切ってください」という問いに正しく回答できない少年でした。
彼が切り分けたケーキは三等分にはほど遠いものです。
院で精神科医の診察に並ぶ少年たちは、勉強や作業をさぼりたい者もいるが大半は本当に苦しんでいる者たち。栗本くんのこの日の「死にたい気持ち」は自己申告で10点中9点。院に来た時には10点で、こないだは6点に下がったのにまた上がってしまった。いったい彼に何があったのか。彼のように、六麦先生は「ケーキを三等分にできない」ということは大変な事実だと言います。
ある日、若い女性が殴られて殺害されたという暴行事件の犯人画像を見て、六麦先生は一瞬手が止まります。
その容疑者は、過去にこの少年院にいたからです。先生は四年前に、彼が院に移送されてきた時のことを思い出していました⋯⋯。
容疑者・田町雪人の育った環境、犯罪歴、そして院で調べて判明した知能指数の低さ。そして、自分の感情をうまく表現できなかったこと。
質問を投げかけても、対する答えを返せず、見当違いの答えをしてしまう特徴もありました。
しかし、院での生活で少しずつ心を開き、更生していったように見えたのに。「待っていてくれるお母さんを悲しませなくない」とまで言って、優等生として出院した彼が、なぜ再犯をしてしまったのだろう、と考える六麦先生でした。
更生するのに長い時間をかけたのに、一瞬の衝動的な行動でまた転げ落ちた彼。何が彼を転落させたのだろうか⋯⋯。そのきっかけが本当に些細なもので、きっと知的障害がなければこんなことにならなかったのだろう、と悲しくなるのです。
切なくなったのは、田町くんが「将来はどんな人になりたい?」という問いに「幼稚園の先生」と回答した理由が、幼稚園の先生に「待っているね」と言われたからというシーン。「知的なハンディを持っている人はちょっとしたお世辞も真に受けてしまうことがあり、それだけ評価されることに飢えている」のだそう。彼の純粋すぎる部分を感じるエピソードでした。
彼ら「非行少年」の不幸は、彼らと丁寧なコミュニケーションを取ってくれたり、認知機能に問題があるという特徴を理解してくれる人間が周りにいなかったこと。彼らの知的障害は、周りに認識されていなかった。これは彼らの行った犯罪にだけ目を向けていては見えてこない事実なのです。
知的障害があり純粋ゆえに、他人の悪意にすぐに騙され、取り込まれて犯罪に手を染めてしまう部分もある彼ら。見方によっては被害者にも見える彼らですが、罪を犯した罰は彼らに覆いかぶさってくるのです。
社会から見捨てられ、取り残されてきた未成年たちの孤立を描く『ケーキの切れない非行少年たち』は6巻が来年2月9日に発売予定です。
【漫画】『ケーキの切れない非行少年たち』第1話を試し読み!
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『ケーキの切れない非行少年たち』
鈴木 マサカズ (イラスト), 宮口 幸治 (原著)
某県の少年院で精神医療業務を勤める医師の主人公は、問題を起こした非行少年たちにある法則があることを発見する。それは例えば「ケーキを3等分する」ことができないこと⋯⋯。非行や異常行動の後ろに見える問題を明らかにする空前の新書の漫画化。
漫画:鈴木マサカズ
「無頼侍」「ラッキーマイン」など執筆作多数。『ダンダリン一〇一』がTVドラマ化、2016年にはモーニング誌上で『銀座からまる百貨店 お客様相談室』、週刊漫画ゴラク誌上で『マトリズム』など硬軟含めた意欲作を執筆。月刊コミックバンチで『「子供を殺してください」という親たち』を漫画化するなど各方面で話題沸騰中。
構成/大槻由実子
編集/坂口彩
原作:宮口幸治
立命館大学大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務の後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務。2016年より現職。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。医学博士、臨床心理士。