この現代社会では、季節に合わせて、自然の恵みをいただくってものすごく贅沢なことではないでしょうか。実践したくてもなかなかできないものですが、マンガの世界に没入すれば、実現可能です!(疑似ですが……)現在、アフタヌーンで連載中の『天狗の台所』は、天狗の末裔である年の離れた兄弟が、自然豊かな場所で穏やかな日々を暮らし、食べる物語。読んでいる私たちも俗世を離れたような気分に浸れます。

『天狗の台所』(1) (アフタヌーンKC) 


ピンク髪の少年、14歳の1年間は俗世を離れる。


主人公の飯綱オン(いづなおん)はニューヨークで生まれ育ち、ピンク色の髪をした、Wi-Fiがないところでは暮らせない今どきの少年です。

 

今、彼が暮らしているのは、東京とは到底思えないような、自然豊かな場所。生まれてから一度も会ったことがなかった、年の離れた兄・飯綱基(いづなもとい・29)と二人で生活しています。

 

14歳の誕生日を1ヵ月後に控えたある日、ニューヨークで何不自由なく暮らしていたオンは、両親に「突然だけどあなたは天狗の血を引いています」と告げられます。そして、天狗の家系は、14歳の1年間は俗世を離れて隠遁生活をしなくてはならないというしきたりに従って、基と暮らすように言われたのです。

 

自分が天狗の末裔と知って、「SoCoooooL!!!(マジすげえじゃん!!!)」とかなりテンション高めで来日したものの、そこで待ち構えていたのは、「日本昔ばなし」を彷彿とさせるような暮らしぶり。ある日、基に頼まれたのはシナノグルミの外皮剥きでした。1つずつ皮を剥き終わったら、3週間ほど乾燥させないとクルミにありつけないことを知ったオンは不満タラタラ。なぜわざわざ手間暇かけてこんなことをするのか理解できません。

 

一方の基は、オンと同じように14歳のときにこの場所で隠遁生活を送り、そのまま居着いてしまったとのこと。このことだって、オンからすれば理解不能です。慣れない作業に疲れ、お腹が減っておやつが食べたいというオンのために、基が取り出したのは去年乾燥させておいたシナノグルミ。これを使って、キャラメルクルミを作ってくれたのです。

 


完全に冷まして完成したキャラメルクルミは外で食べることに。基曰く、凍頂烏龍茶が合うということで、早速、クルミとお茶を味わうオン。ツヤツヤと輝くキャラメルクルミは甘くて香ばしく、ついつい何個も食べてしまうほど。ほどよい風が吹き抜けて、とても豊かなひとときです。基お手製のキャラメルクルミが美味しいことは認めたオンですが、木になったクルミを収穫して皮をむいて3週間乾燥させ、そこから殻を剥いて実を取り出して、グラニュー糖と水を溶かして作ったキャラメルをからめるだなんて、あまりにも気の遠すぎる話。思わず、「スーパーで買えばよくね?」と本音が出ます。うん、正直。でも、基はその過程も含めて楽しいとやさしく微笑むのでした。

 


季節に合わせた穏やかな暮らしと、14歳の少年の成長物語。


天狗の末裔といっても、魔法が使えるわけでなし(天狗は翼があって自由に空を飛べるらしいけど、そもそも魔法や幻術は使えなかったような……)、オンはどこか物足りなさを感じていましたが、風呂上がりの基の背中に黒い翼が生えているのを目の当たりにした時は、テンション爆上がり!(こういう素直で好奇心旺盛なところが14歳の少年らしくてとてもかわいい)

 

後日、オン自身も基と一緒に暮らす犬のむぎと会話できることに気づき、またもやハイテンションになるのでした。兄は黒い翼を持ち(でも空を飛べないので実用性なし)、弟は犬の言葉が理解できるだけで、あとは普通の人間と同じ。基が長年そうしてきたように、オンも薪でご飯を炊いたり、稲刈りをしたり、料理の手伝いをしたり……、といった生活が続きます。穏やかだけれども、ニューヨーク生まれのオンにとっては毎日が新鮮。天狗の末裔が何なのかということもゆるやかに明らかになっていくようです。

物語の最大の楽しみは何といっても、随所に登場する料理の数々! 庭でとれたハーブや野菜など、派手な食材を使うわけではないけれど、どれも手間暇かけて丁寧に創られているだけに、どれも美味しそうで食べたくなります。スローライフのグルメマンガ、とひとことで言ってしまえばそうかもしれませんが、この作品にはそういうステレオタイプな枠組みには収まらない魅力があります。

基だって、料理の腕前を自慢しているわけでも、いわゆる“丁寧な暮らし”を意識しているわけでもなく、自分が美味しいものが大好きで、美味しいものを食べたいから作っている、といたってシンプルな行動原理に基づいているだけです。

やがて近所の人々や、ほかの天狗の末裔たちの交流も活発になり、14歳のオン少年は少しずつ成長していくことになるようです。その姿を追うのも楽しみのひとつ。天狗の末裔という出自や、俗世を離れた自然豊かな場所での暮らしぶりは、私たちからすればある種のファンタジーかもしれませんが、彼らにとっては地に足のついたもの。だからこそリアリティがあり、読む人を引き込む力があるのでしょう。

9/22に発売され、既に重版がかかった1巻は、米の収穫など秋の暮らしを描いています。2023年2月に発売される2巻では冬と、実際の季節とリンクしています。今のうちに1巻の秋を振り返りつつ、2巻の発売を楽しみにしたいところです。

ちなみに田中相さんの前作『LIMBO THE KING』(全6巻)も、個人的に超おすすめ作品。『天狗の台所』とは真逆の、近未来のアメリカが舞台のSFアクションサスペンス。映画のようなスリリングな展開にきっとハマるはず。『天狗の台所』の基もそうですが、田中さんの描く男性はどこか色気があって素敵なのです。
 

 

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『天狗の台所』
田中相 講談社

天狗の兄弟の美味しい二人暮らし
日本で暮らす兄は天狗だった!?
自分が天狗の末裔だったことを知らされたアメリカ在住の弟オンは、しきたりで14歳の1年間、日本で兄・飯綱基と暮らすことになりました。


作家プロフィール
田中相 たなか・あい

2010年、『地上はポケットの中の庭』でデビュー。
主な作品に『千年万年りんごの子』『LIMBO THE KING』など。
本作『天狗の台所』が青年誌初連載となる。