作品は「事件の裏に何があったのか?」というサスペンスの形をとりながら、実はカイアが自身の人生を見つけていく物語になっています。「湿地の少女」カイアの人生は、ネグレクト、暴力、貧困、地域差別、階級差別、女性差別などの様々な不遇と差別にさらされています。前述のように初恋の人テイトは、彼女を愛しながら世間の目に耐えかねて去ってゆくし、彼女のことを「一風変わったおもちゃ」くらいに思って近づいてきたチェイスは、それでいて彼女に執着し支配せずにはいられません。
これは言ってみれば「湿地の少女」に限らず、多くの女性が味わったことのある「ダメ男あるある」なのですが、カイアはそうした経験に打ちのめされながらも、毅然と立ち上がります。なぜなら彼女には「自分の人生はここにある」と思える場所、湿地があるからです。
そしてそれこそが作品最大の見どころであり、エネルギーでもあります。親も家族もない彼女を育てたのは、湿地と言う大自然の掟です。湿地はワニのような巨大な哺乳類から、あらゆる動植物、昆虫、微生物が息づき、無数の生と死が感傷もなく繰り返されてきた、それゆえに恐ろしく、美しい場所です。
例えば町の住人はワニが小動物に牙を立てるさまを恐れ、悲劇と受け取るかもしれませんが、それもまた湿地の掟。カイアはそんな湿地の掟の中で、湿地の一部として生き抜いてきた女性なのですがーー私は彼女のそうした強さは、本当ならあらゆる女性が持っていい、そうした強さを肯定されていいのではないかと感じました。みなさんはどう見るでしょうか。
作品には映画と小説の両方があります。先に出た小説が評価の高い大ベストセラーだったために、映画の評価はちょっと割を食っているかもしれません。映画には湿地の信じられないほどの美しさが映像として描かれており、映画を選ぶのも決して悪くありません。皆さんの趣味や都合に合わせて、ぜひ作品世界に触れてほしいなと思います。
<作品紹介>
『ザリガニの鳴くところ』
1969年、ノースカロライナ州の湿地帯で、裕福な家庭で育ち将来を期待されていた青年の変死体が発見された。容疑をかけられたのは、‟ザリガニが鳴く”と言われる湿地帯でたったひとり育った、無垢な少女カイア。彼女は6歳の時に両親に見捨てられ、学校にも通わず、花、草木、魚、鳥など、湿地の自然から生きる術を学び、ひとりで生き抜いてきた。そんな彼女の世界に迷い込んだ、心優しきひとりの青年。彼との出会いをきっかけに、すべての歯車が狂い始める……。
構成/山崎 恵
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