米倉涼子さんが見た、最新のおすすめエンタメ情報をお届けします。

今回紹介する映画は、認知症を患う父親の視点で日常を描いた『ファーザー』のフロリアン・ゼレール監督の新作『The Son /息子』
辛く厳しい現実をしっかりと見つめようとするニュアンスは、前作との共通点かもしれません。

ヒュー・ジャックマンが演じる今回の主人公は、弁護士のピーター。再婚した若い妻と生まれたばかりの息子と、幸せに暮らしています。
そんななか、前妻と暮らしている17歳の息子、ニコラスが母親から離れて父親のもとで暮らしたいと望み、同居することに。
心の病を抱えているニコラスを迎え入れて新しい生活が始まりますが、少しずつ歯車が噛み合わなくなっていきます。

不登校や自傷行為を繰り返す息子が言っていることが真実にも嘘にも見えて、最後まで気が抜けない緊張感が続きます。
子供と本当に目線を合わせるとはどういうことなのか、親は子供の事情や言い分にどこまで寄り添っていくべきなのか。ずっとそんな問いを投げかけられているような気持ちになりました。
思春期だけではなく、大人になってもメンタルが不安定になることがありますよね。親子だけではなく仕事の人間関係でも、わかってくれていると思っていたのに、まったく伝わっていなくてがっかりしてしまうこともあります。
この映画を観ながら、人間関係において絶対の正解ってあるのかな、と考えさせられました。ニコラスもお母さんとずっと一緒に暮らしていたら幸せだったのか、それともやっぱり同じような事態になってしまうのか……。

AmazonPrimeのドラマ『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』のなかに、私のセリフではないのですが「子供は親を選べない」という言葉が出てきます。
ニコラスにとっても両親が離婚したことは人生の“脱線”だったと思うと胸が痛むけれど、究極的には自分のことは自分にしかわからない。
自分のことを誰かに100%理解してもらうことは、無理なんですよね。それを前提にしたうえで、自分の大切な人が少しの“脱線”やボタンの掛け違いによって、深刻な方向に転んでしまう可能性があると考えながら、毎日を丁寧に生きていくしかないのだと思います。
何かが起こってからでは取り戻せないんだよ、という監督からのメッセージが聞こえてきたような気がします。

 

ブロードウェイミュージカル『ザ・ミュージック・マン』の明るいヒュー・ジャックマンを観ていたので、今回の悲壮感のあるピーター役との違いに驚きました。
「お前のためを思っているのに」と豹変して息子を叱るシーンでは、一気に老け込んだように見えたほど。ポジティブなパワーがある俳優という印象ですが、もっと色々な役を見たくなりました。
ピーターの父親を演じるのは、『ファーザー』のアンソニー・ホプキンス。出番は少ないのにものすごい存在感で、ピーターは父親であるだけではなく、心に傷を抱えた息子でもあることが伝わってきました。

グイッと観客の首をつかむように、厳しい現実を見せてくる映画です。
でもその厳しさも含めて、観られてよかった。映画らしい映画を観たな、と思える作品なので、ぜひ劇場で受け止めてほしいと思います。

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<映画情報>
『The Son /息子』
3月17日(金)TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー

 
 

有名政治家にも頼りにされる優秀な弁護士・ピーターは、再婚した妻のベスと生まれたばかりの子供と幸せな毎日を過ごしていた。そんな時、前妻のケイトと同居している17歳の息子ニコラスに乞われ、同居することに。ある日、ニコラスが転校したはずの高校に登校していないことがわかり、父と息子は激しく言い争う。「なぜ、人生に向き合わないのか?」という父の問いに、息子が出した答えとは──?

配給:キノフィルムズ
© THE SON FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2022 ALL RIGHTS RESERVED.
監督・脚本・原作戯曲・製作:フロリアン・ゼレール 『ファーザー』
出演:ヒュー・ジャックマン、ローラ・ダーン、ヴァネッサ・カービー、ゼン・マクグラス、アンソニー・ホプキンス

文/細谷美香
構成/片岡千晶(編集部)

 

 

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