「WOCナース」という看護師の存在を、医療従事者や介護経験者以外はあまり知らないでしょう。WOCとは、Wound(創傷)・Ostomy(オストミー)・Continence(失禁)の略で、皮膚トラブルや人工肛門(ストーマ)、失禁関連の分野に関する高い看護技術をもった看護師なのだとか。高齢化社会の今、誰でもお世話になる可能性がある方々です。大腸がんを発症して以来、人工肛門になった内田春菊さんの『ナースは誰を愛してる?』は、ほのかな恋物語とともにWOCナースのことや皮膚・排泄ケアについてわかる作品です。


変わった指輪をする彼女


親指を除く4本の指につけた指輪をつけた美大生・喜美野モナが自動販売機の前で飲み物を買っているのを見たWOCナースの男性・天野リヒトは「何かお手伝いしましょうか」と彼女に声をかけ、缶のプルトップを代わりに開けてあげます。

 

彼女がつけていたのはエーラス・ダンロス症候群という指定難病の患者がつける指輪でした。その病気で、モナは兄を亡くしていたのです。病気についての話を聞かせてほしいと言う彼女に、リヒトは患者会などに行った方が情報を得られる、と一度は断りますが彼女にお願いされ、名刺を渡します。
数日後に会うと彼女は言いました。

 

モナはリヒトに、WOCナースの仕事や彼らが携わる患者さんたちの症状について教えてもらいながら、彼に少しずつ深く関わっていくようになります。

 

病気が身近にある人々の生活を「普通に」描く


本作では、WOCナースと患者に向けられる偏見の目が淡々と語られます。たとえば、高齢女性の患者の褥瘡ケアのため、ヘルパーと共に彼が訪問すると、WOCナースが床ずれの専門家だと説明しても男性というだけで嫌がられる場面。
また、別の患者の人工肛門にしたホステスはリヒトに、外や仕事場で絶対に人工肛門の話をしないでと言いました。

 

そして、モナの指輪の理由、エーラス・ダンロス症候群とは、皮膚や骨、血管、様々な臓器などを支持する結合組織が脆弱になる遺伝性疾患です。その具体的な症状が、兄の回想シーンでさりげなく語られます。

 

人工肛門は腸が身体の外にはみ出しているし、エーラス・ダンロス症候群は手首などの関節が外れやすい。それらは彼らにとってはごく普通のもので、この先ずっとつきあい続けるものなのだと感じられます。

けれど、心が傷つかないわけではないのです。人工肛門になった強気なホステスの裏側を慮る彼の言葉です。

 

これらは、自らが人工肛門になった内田春菊さんだからこそ描ける感覚でしょう。
吉本ばななさんが本作の推薦文をこう寄せています。

「すごいなと思うのは、あくまでさりげなく、褥瘡が「ポケット」と言われる状態になってからの手術について図解してあることと、WOCナースにはどの先生がストーマの手術をしたかわかるということが描いてあったことだ。なかなか気づけないことだと思う。春菊さんの真骨頂だ。」

WOCナースになりたい彼女の下心


男女の性愛のもろさや切なさを描いてきた内田春菊さんらしく、恋愛のエッセンスも冒頭から混じります。出会ってすぐに「WOCナースになりたい」とリヒトに頬を赤らめて言うモナの表情を見ると、彼に対する下心があるのが読み取れ、その後、やたらと彼に近づこうとする彼女はやっぱり頬を赤らめています。

 

リヒトは患者のホステスにも好意を持たれ、接近されるのですが、あくまでも一定の距離を崩さず、彼女たちが彼が近づきすぎるとビジネスライクな態度で引いてゆきます。これはWOCナースとしての責任感が強いからか、それとも⋯⋯?

真剣に好きなのに、相手の男性がつれない態度だという、モナの切ない女心。それは指輪に気づいてくれたからなのでしょうか。ただそれだけ?

兄を奪った難病に自らも怯えるモナ。難病や人工肛門を持つ人たちをケアするリヒト。人工肛門を隠しながらも夜の仕事を続けるホステスの女性。みんな切ない。それがわかるラストにあなたは何を思いますか?

 

『ナースは誰を愛してる?』第1話を試し読み!
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<作品紹介>
『ナースは誰を愛してる?』
内田春菊 (著, イラスト)

内田春菊さん初の新感覚ナースまんが。主人公はWOCナース(皮膚・排泄ケア認定看護師)の天野リヒト。難病で兄を亡くした美大生・喜美野モナは、リヒトと知り合って褥瘡ケアやストーマケアなどWOCナースの仕事を知っていきます。
 


作者プロフィール: 

内田春菊
漫画家、小説家、俳優、歌手。1959年長崎県生まれ。1984年に漫画家デビュー。1994年『私たちは繁殖している』『ファザーファッカー』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。そのほかの代表作に『南くんの恋人』『あなたも奔放な女と呼ばれよう』など。


構成/大槻由実子
編集/坂口彩