児童養護施設に入居時に「新しい家族」だと言われても、18歳になったら施設を出ていかないといけないその矛盾。1巻が3月13日に発売された『零れるよるに』は、児童養護施設で暮らす子どもの「零(こぼ)れそうな」心と彼らの置かれた状況が見えてきます。
児童養護施設に連れてこられた10歳の少女・よる。他の子に、ここは「捨てられた子」が集まるところだと聞かされます。よるは母親から買ってもらったルービックキューブを大事に持っていました。
入居したばかりの彼女を助けてくれたのはいつも同い年の少年・天雀。火が苦手な彼の背中には、大きな火傷の痕がありました。施設のイベントでキャンプに行った時、彼は言います。
その後、施設で火災が起きます。それは、親に迎えに来てほしかった少年が突発的に起こした悲しいものでした。施設にいるのは、多かれ少なかれ十分な愛情を注がれなかった子どもたちで、皆、傷つきながらも飢えるように愛を強く欲していたのです。
この時、施設に置いてあったルービックキューブを、取りに走ってくれた天雀に、よるは特別な感情を抱きます。
時は流れ、16歳の高校二年生になった夏。二人は18歳になったら施設を出ないといけません。(※)彼らのタイムリミットは、あと1年半。天雀はお金を貯めるためにバイトを増やし、推薦を狙っていますが、よるは⋯⋯。
天雀とこの先もずっと一緒にいたい。それが彼女のたった一つの願いでした。
「元の家族」だけでなく「新しい家」からも零れ落ちる施設の子たち
よるが施設に入った頃から、母親は面会に来ると言っては当日現れないことを繰り返していました。幼い頃はその度に泣いていましたが、16歳のよるはもう泣きません。
必死に自活資金を貯める天雀に、心配されるよる。10歳の時、「新しい家」や「家族」だと言われて受け入れられたのに、18歳になると一方的に出されてしまう(※)。彼女はこの矛盾を感じるのでした。
社会からの偏見で零れ落ちそうになる心
施設の子だと知られた同級生に万引きの濡れ衣を着せられそうになったよる。やっていないと必死に訴えても店の人は疑い続け、こう注意します。
児童養護施設にいる子ども全員が万引きをするのでしょうか? 「一人一人違う」という天雀の主張はもっともなのに、社会は偏見の目で見るのです。結局、防犯カメラで濡れ衣だとわかり、キレて椅子を蹴飛ばしてしまう天雀。迎えに来た施設の人は、涙をこらえながらよると天雀に話します。
帰宅後、思わずキレて感情を露わにしてしまったことを反省する天雀でした。
夏休みになると実家に帰る子が増えます。施設に残された子たちは、親の元に帰れる子へのうらやましさと不安に心を覆われ、落ち着かなくなります。
夜中、施設を追い出されてしまうこと、その先誰とつながって生きていけばいいかわからないことを考えて不眠になるよる。施設から出たら、社会から零れてしまうのではないかという恐怖があるからこそ、家族のように自分を助けてくれる存在の天雀とずっと一緒にいたいのです。
家族から、社会から、自分の感情が、涙が、零れないようにこらえるよると天雀たち。それは、コップにいっぱいまで注がれた水のようで、今にも零れてしまいそうにも思えます。児童養護施設で暮らす子どもの目線で、その心境や置かれた状況を、丁寧に、静かに描く本作。彼らが親に何をされてきたのかが細かく語られなくても、言動や心の声を読むだけで、どんなに酷いことをされ、心が傷ついてきたのかが伝わります。
よるの切実な願いは叶うのでしょうか。
※18歳になると施設を出なければならないのは、作品の舞台である2018年当時の状況で、2022年に成立した改正児童福祉法により年齢上限が撤廃され、現在は18歳以上でも施設にいることができるようになっています。
『零れるよるに』第1話を試し読み!
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<作品紹介>
『零れるよるに』
有賀 リエ (著)
DVを受けていた少女・よるは児童養護施設に保護される。周囲に馴染めずにいたよるを守ってくれたのは同い年の天雀だった。愛情を喪失した苦しみを分かち合う二人。よるの気持ちはやがて恋心へと変化していく。厳しい環境の中で世界から零れてしまわないよう支え合うよると天雀。暗闇に光は射すのか?
構成/大槻由実子
編集/坂口彩
作者プロフィール
有賀 リエ
漫画家。2011年「Kiss」の新人賞Kiss INにて、デビュー作となる『天体観測』がKissゴールド賞を受賞。2014年から「Kiss」で『パーフェクトワールド』の連載を開始。2019年には同作にて第43回講談社漫画賞少女部門を受賞。実写映画化、TVドラマ化などのメディアミックスでも人気を博し、単行本は累計225万部を突破した。2022年現在「モーニング」にて新シリーズ『有賀リエ連作集 工場夜景』を、「Kiss」にて『零れるよるに』を連載中。
Twitterアカウント:@aru_rie