普通の日常を描いているようで、人間の薄暗さや不穏な部分を切り出し、不可解でミステリアスな作風がゾワゾワっとすると評判の、第25回手塚治虫文化賞短編賞受賞著者野原広子さん。新作『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』も、期待通りのゾワワ感。今回の主人公はシングルマザーと、お隣に住むママ友。読み進めるほどに「なんかおかしい」違和感がじわじわ怖いのです。
息子と二人で、とある街のアパートの2階に引っ越してきたシングルマザーの希。お隣の赤い屋根の一軒家には、息子と同い年の桃花ちゃんと、母親の千夏さんと旦那さんが暮らしていました。保育園で子ども同士が仲良くなったのをきっかけに、希は保育園のお迎えから、千夏さんと一緒に帰ることが多くなります。
シングルマザーの希に無神経なことを言ってしまったかと申し訳無さそうな顔をする千夏さんでしたが、桃花ちゃんが虫を持ってくると瞬時にすごい反応をします。
ちょっと引っかかる千夏さんと桃花ちゃんの態度。でも、シングルマザーとして新しい生活に必死な希はそこまで気にしなかったのでした。
希たち親子の下の階に住むのはトヤマさんというおばあちゃん。遊びに来た桃花ちゃんがトヤマさんについて妙なことを言います。
その後、同じ保育園に通う、よっちゃんという子のお母さんがこう訊ねてきました。
桃花ちゃんによると、前はよくよっちゃんと遊んでいたけど今のお家に引っ越してきてから遊ばなくなっちゃった、のだそう。ってことはあのお母さんと千夏さんも仲良かったの? なんだか距離のある感じでそんな風には見えなかったけど⋯⋯と不思議に感じる希でした。その夜、お隣からピアノの音に混じって大きな「ドン!」という物音が聞こえます。
翌日、不審者の目撃情報が近所に出ていると聞き、女一人、子一人の暮らしで不安を感じる希。千夏さんの家でのお食事会に呼ばれ、優しい旦那さんからの励ましの言葉に不安な気持ちが少し和らぎますが、その後、息子から謎の忠告を聞きます。
誰が息子にそんなことを言ったの?
千夏さん夫婦は希たち親子に親切にしてくれて、子どもたちも仲が良く、平和な日常に見えるのですが、千夏さんは突然豹変する時が。
千夏さんはいいお母さんで桃花ちゃんもいい子なのに、なんだか息が詰まる。そう感じた夜、下に住むトヤマさんからおかしなことを聞かされ、希の不安は再び大きくなります。
日中ではなく、夜に大きく話が動く本作は、登場する大人たち全員にどこかざわざわした違和感があり、なんかこの人には裏があるんじゃないか⋯⋯? と探りたくなります。その違和感は正解です。
野原広子さんの作品は、ほんわか風味のかわいい絵柄でありながら、普通の人が持つ闇=病みの部分をちょっとずつ見せてきます。ドラマチックなドロドロ感というより、少しずつ泥水の量が増えていって気づいたら溺れているような怖さなんですよね。
本作のテーマは「自覚のない虐待」。その本当の意味がわかるのはラストまで読んでから。誰が、誰に、虐待をしていて、本当に「いい人」は誰だったのでしょう。
『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』第1〜9話を試し読み!
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<作品紹介>
『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』
野原 広子 (著)
第25回手塚治虫文化賞短編賞受賞著者・野原広子が描く「自覚のない虐待」。小さな息子を連れて、新しい街に引っ越してきた希(のぞみ)。隣に住む「理想的な家庭」の主婦、千夏(ちか)と家族ぐるみで仲良くなるが、じわじわと千夏への違和感を感じていく。
おかしいのは私のほう?それとも千夏のほう?
構成/大槻由実子
編集/坂口彩
作者プロフィール
野原 広子
神奈川生まれ。コミックエッセイプチ大賞受賞。出産を機に、フリーのイラストレーターとして活躍。山登りが好き。著作に『娘が学校に行きません』『ママ、今日からパートに出ます!』『離婚してもいいですか?』(KADOKAWA)など。