毎日作る家庭料理こそ、無理なく楽しく作りたいもの。でもそれは決して「手抜き」とイコールではありません。最小限の材料と手間、そしてよく使う調味料だけで家族が満足できる味に仕上げるためのプロのワザや考え方とはどのようなものでしょうか?

人気料理家・今井真実さんと、南インド料理店「エリックサウス」の総料理長・稲田俊輔さんが、先日青山ブックセンター本店で行われた新刊発売記念トークイベントで語り合いました。

今井真実
料理家。神戸市生まれ。「作った人が嬉しくなる料理を」という考えを基に、雑誌をはじめ、web媒体、企業広告など、多岐にわたるレシピ製作を担当。noteに綴るレシピやTwitterでの発信が注目を集める。著書に『毎日のあたらしい料理 いつもの食材に「驚き」をひとさじ』(KADOKAWA)、『料理と毎日 12か月のキッチンメモ』(CCCメディアハウス)、『フライパンファンタジア 毎日がちょっと変わる60のレシピ』(家の光協会)、『今井真実のときめく梅しごと』(左右社)など。

 

稲田俊輔
料理人、飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。居酒屋、和食店、洋食、フレンチなどさまざまなジャンルの業態開発に従事する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火つけ役となる。著書に『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』、『ミニマル料理 最小限の材料で最大のおいしさを手に入れる現代のレシピ85』(共に柴田書店)など。

 

シンプルな家庭料理は、むしろ高級料理店の味に近い


稲田:「今、スーパーやコンビニで売っているような既製品の料理とか、それだけで味が決まる鍋の素とかって、とても便利な反面、徹底的に味を足して、足して、足して……という足し算の集大成ばかりですよね。もちろんそれもおいしいんです。というより、足せば足すほど万人受けする味になるから、みんなそれで満足してしまう。

だけど逆に、昔は当たり前にあった家庭料理のような引いた状態の味を誰も知らなくなりつつあるんじゃないかと思うんですよ。本当は、調味料1種類と何か食材1種類っていうだけでも料理って成立するし、その組み合わせも無限にある。醤油とナスだけでもいいし、小松菜と味噌なんかでもいいわけで。

今井:たとえば、醤油と味噌って、味を言葉で表すとどちらも「しょっぱい」や「香ばしい」になっちゃうんですけど、風味も違うし、甘味も、粘度も違う。1つの調味料を突き詰めて、いつもと違う食材と掛け合わせるだけでも、たくさんのおいしさがあるし、もうなんか、宇宙が広がっていくみたいな感覚になります。

稲田:だけど人類は欲深いから(笑)、そこにいろんなものを足していった。そして現代の人は、全て足された状態のものしか見たことがないから、こうじゃなきゃいけないみたいな思い込みがある。だからその出発点に1回戻らないと、何を、どういう理由で足したのかって、多分理解できないし、出発点の味を知らないままになっちゃう。自分だってわからなかったし。

今井:あるときから人類は足すことが冒険になったわけですね。でも今は、引くのが難しい。引き算こそ冒険です。そして通常、自分で引けるのは家庭料理だけなんですよね。引き算を気軽に試せるっていうのは、家庭料理の醍醐味。引いた味を知ったうえで、自分は「よりこんな味が好み」だとか、「こんなテクスチャーにしたい」とかいうことを考えて、足していくことを楽しめるといいですよね。

 

稲田:そうですね。確かに、使っただけで味が決まる調味料や半加工品は、専門店に負けない味。だけどそれは、どちらかといえば僕たちが日常的に使うようなお店の味なんです。一方、一見味気ないようにも思える昔ながらのシンプルな家庭の味は、食材の味を生かした、研ぎ澄まされた高級店の味のようでもあります。高級店って食材がいいのもあるし、意外と調理法は基本に忠実ですから。

今井:私は、稲田さんの新刊『ミニマル料理』の「絶対に読んでほしい前書き」のページの、「〜ある種の哲学にも至りました」から始まる次の部分に、すごく共感したんです。

「麻婆豆腐を麻婆豆腐たらしめる最低限の要素とは何なのか」
「煮物には本当にだしが必要なのか」
「そもそもおいしいって何だ?

……これって、私が普段から考えていることとも通じていて。そもそも、料理本で「絶対に読んでほしい」なんてついてる前書き、初めて見ましたし、前書きから「哲学」って言葉が入っているのが、稲田さんらしいなぁというか、熱量がすごいな、と(笑)。

稲田:僕はこの本で、料理はどこまで引けるのかということを実験して、さらにもし、味を足したいならこういう道筋があるよ、といういくつかの味つけのパターンを示したわけですが、僕が今井さんの本を見て感じたのは、今井さんのお料理って、味つけはもちろん、家のまわりの豊かな自然環境なんかもあわせた、的確な足し算の意味があるということ。

たとえば、今回の新刊『料理と毎日』もそうですが、今井さんの本やブログには、料理と一緒にご家族の様子や、畑や庭で採れた野菜やハーブなんかの話もよく出てきますね。今井さんのお料理は、その背景がよく伝わってくる。「オリーブオイルとナンプラーを合わせたものに、お庭の摘みたてのバジルを足したら新しい世界が広がったよ」みたいに。でもそれは、引いた状態を起点にしているからできるんじゃないかな。僭越ながら、僕たち根っこは似ているんじゃないかと思っていたんです。

今井:うわー、嬉しい!