4月7日より実写ドラマがスタートした『シガテラ』。原作は2003年から2005年にかけて「ヤングマガジン」で連載されていた作品で、今回およそ20年の時を経て映像化されたことで大きな話題を呼んでいます。主人公は学年の人気者でも、ましてや不良でもない……正直パッとしない男子高校生ですが、読み進めていくうちになんとも奇妙な読後感へとあなたを誘います。
地獄のような日々から一変!?華の高校生活が始まる
高校1年の頃に不良に目を付けられてしまい、ひたすらいじめられるという悲惨な高校生活を送る荻野優介。
唯一の親友である高井貴男と共に理不尽な暴力、パシリ、カツアゲといった地獄のような仕打ちを受ける日々ですが、そんな2人にも“救い”となる存在がありました。それは、共通の趣味であるバイク。
やがて、荻野はバイクの運転免許を取得するために教習所に通い始めます。もちろん教習所のお金は自分でバイトして稼いだもの。最悪な高校生活とは違い、私生活では自分の趣味のために一歩ずつ前に進む荻野は、微かな充足感を覚えていきます。
そんな荻野にさらなるラッキーが。同じ教習所に通う1つ年上の女子高生・南雲ゆみから好意を寄せられ、なんと人生で初めての彼女ができるのです。いじめに遭いながらも、プライベートの充実によって自分の人生が少しずつ好転していくように感じる荻野。
これは冴えない男子高校生が幸せを掴む話………? とお思いの皆さん。ここからが本当の意味での『シガテラ』本編の始まりです。
多様な生き物を媒介して拡がる毒"シガテラ"
きっかけは荻野と一緒にいじめを受けていた高井の不登校。高井はそのまま姿を消し、いつの間にか退学してしまいます。ですが、時を同じくして2人をいじめていた不良・谷脇のもとには「森の狼」と名乗る男からの嫌がらせが始まります。
なんだか不穏な匂いが漂ってきたところで、絶好調に見えた荻野の人生もぬるっと暗転。想像だにしない暴力と狂気にまみれた展開にズルズルと引きずり込まれていきます。
そんな荻野の様子はまるで何かの毒にあたったかのようですが、実はタイトルの『シガテラ』自体が毒を意味する名前なのです。
"シガテラ"とは、同名の毒素に侵された魚類を人が摂取することで発症する食中毒。シガテラの毒素を作るのはプランクトンですが、このプランクトンが付着した海藻を魚が食べることで毒が蓄積されていき、そして人間が毒に冒された魚を食べることでシガテラ中毒を引き起こすと言われています。
プランクトン、海藻、魚、人間………多様な生き物を媒介して拡散されていくシガテラ毒。荻野を見ていると、人生を暗転させるような毒は日常の至る所に転がっているのだと、きっと自分たちの周りにも潜んでいるのかもしれない毒について考えてしまいます。ですが、当の荻野は段々と自分自身こそが“毒”なのではないかと思い始めるのです。
自信の無さ、極端な思い込み……青春時代特有の薄暗さの果てに
高校1年生の頃から染み付いたいじめられっ子根性みたいなものが荻野をそうさせるのかもしれませんが、思い返せば彼は極端に自分に自信がないキャラクターです。加えて、常に心の中にもやもやとした不安を抱えている。そんな彼が、自分の身や周囲に起こる悪い出来事は全て自分のせいだと、自分が毒だからそれに連鎖するように不幸ばかり起きるのだと……そんな極端な思い込みをしてしまうのは無理もありません。
そもそも親友の高井がいじめに遭うきっかけは自分にあった、いや、その後の不幸も始まりは全部自分にあったのかもしれない。そんなまるで自分が毒を撒いたかのような罪悪感に苦しみ、もがく荻野を見ていると、どうすることもできない息苦しさみたいなものが伝わってきて、思わずこちらも圧倒されてしまいます。何がここまで彼をそうさせるのか……と理解に苦しむシーンもありますが、その姿に微かな懐かしさを覚える方もきっといるはず。
例えば、自分さえいなければこの試合に勝てるのではないか。
自分さえいなければ他のクラスメイトはうまくやっていけるのではないか。
誰かに言われたわけでもないのに、まるで自分が毒というか、諸悪の根源のように思えてしまう……勝手に"自分さえいなければ"と卑下してしまうあの気持ち。荻野を見ていると、自分の中で燻る、決して輝かしいだけではない青春時代特有の薄暗い一面を思い出してしまうのです。
まるで読者にも毒が浸透するかのように、読み進めていくたびに息苦しくなっていく『シガテラ』。キラキラした青春ではなく、ひたすらに薄暗い方へと焦点を当てた本作は、言うなれば一人の少年の暗黒青春物語です。気になる荻野の行く末は、ドラマはもちろんぜひ原作を読んで確かめてみてください。
じつはドラマが初見という方もまだ間に合う! 名作『シガテラ』ってどんな話? ちらっとチェック
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<作品紹介>
『シガテラ』
古谷実 (著)
未来永劫の約束なんてない!! 高校2年生にもなって純情で、未来を少しだけ夢見ていて、普通に女の子にあこがれを抱き、自由も不自由もない日々の中、少しずつ毒に冒されていく。
<作者プロフィール>
古谷実
漫画家。1992年に「ヤングマガジン」増刊黒ブタルーキー号にて『行け!稲中卓球部』が掲載されデビュー。同作はテレビアニメ化に至るヒットを記録し、1996年には第20回講談社漫画賞を受賞。その他代表作に『僕といっしょ』『グリーンヒル』『ヒミズ』『シガテラ』『ヒメノア〜ル』など。
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