万事順調


「アキったら、ちっとも連絡よこさないで! 元気にやってるの? ハヤは月1回は電話くれるのに、あんた会社入ってから5年、数えるくらいしか電話しないじゃないの~!」

土曜の朝9時。サラリーマンが最高にゆっくり眠れる朝に電話をかけてきたのは、この世でただ一人、俺たちをアキとハヤと呼ぶ、静岡にいる母親だ。

「ええ~? ごめんごめん、時々LINEスタンプで返事してるじゃん。元気にやってるから心配ないよ」

傍らでのびのびと寝ている諒子を起こさないように、俺はごそごそとベッドを出た。もうすぐ30にもなろうという息子でも、彼女が隣で寝ている状況を母親に悟られるのは気恥ずかしい。

「マンガみたいな双子格差が痛い…」大手商社マンの超優秀な弟と、のんきな兄。絶好調に見えた彼に起きた異変_img1
 

「そんならいいけど。あんたもたまには帰ってらっしゃいよ。東京で2人で遊ぶことあるの? ハヤ、この前の異動で花形部署にいったらしいから、ゴハン奢ってくれるわよきっと!」

 

俺はハハハ、と笑った。こういうあっけらかんとした母親だったから、俺はあれほど出来の良い弟がひたすら周囲の尊敬を一身に集めるなかで、グレもせずのんびり育つことができたんだろう。

「隼人、凄いね、んじゃちょっとお祝いしないとね」

「そうなのよ、なんかすごい役員さんの下についてて、派閥っていうの? 『白い巨塔』か『沈まぬ太陽』みたいな世界なのかしら。新聞の経済欄に、ハヤも一緒に写真が載ったのよ! トンビが鷹をうんだって皆が毎日言うのよ~。でも最近、忙しいのか電話も出たり出なかったりでね。アキ、ちょっと様子見てきてよ」

……なんだ、それが要点だな。俺は早朝の電話に合点が要って、素直にうなずいた。

「わかった。ちょうど山形の友達からサクランボたくさんもらってさ。ちょっとお裾分けがてら様子みてくるわ」

電話を切ると、俺はさっそく隼人に電話をしてみた。おふくろの話とは異なり、ほとんど1回も呼び出さずに通話が開始する。

「はいっ、遠野です!」

「うわ、朝から体育会系だな……ってごめんごめん、起こしたよな? 俺だよ、久し振り」

「……っ、なんだ、兄貴か。あ、いや、ごめんちょっと寝ぼけてた。久しぶりだね。ごめんね、LINEもぜんぜん返してなくて。ちょっと……会社が忙しくてさ」

「おー、きいたぞ、ご栄転だってな? すんごいエリート部署に配属されたって母ちゃんが鼻高々だったぞ。そんなに忙しいの? 大変なのか?」

すると隼人は、即座に、きっぱりと否定した。

「全然。すごくうまくいってるよ。上司もさ、社内で伝説的な人なんだ。なにかと目をかけて育ててもらってるんだ。こんどのヨーロッパ長期出張にも俺だけ帯同するし」

「……ふうん、そっか。良かったなあ。給料もますます上がっちゃうだろ、たまには兄貴に焼肉でも奢れよ~。ちょうど太一に貰った佐藤錦のB品がどっさりあってさ。食べきれないから持ってくわ。めったに食べられないすんごい高級品だぜ。ついでに久しぶりにメシでも……」

実は俺たちは、一駅と離れていないところに住んでいる。チャリでちょっと差し入れしてやろうと思った俺の話を、隼人は即座に遮った。

「いや、今日これから会社いくからさ。大丈夫、さくらんぼは諒子ちゃんと食べな。気持ちだけもらっとくよ。じゃ、ありがと、もういかなきゃ」

そうして電話は一方的に切れた。

ツーツー、という音が、奇妙に唐突に感じられ、俺は諒子に声をかけられるまで、しばらく考えこんでいた。
 

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夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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